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内分泌・代謝系の疾患/甲状腺機能亢進症

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猫の甲状腺機能亢進症

甲状腺でのT4とT3の生成・分泌過剰による全身性疾患です。甲状腺の慢性疾患で発生します。猫にみられる疾患で、犬の場合は、甲状腺腫瘍によってT4・T3値が上昇します。甲状腺機能亢進症の猫の多くは、甲状腺の腫瘤が触知できます。腫瘤は、多結節性の甲状腺過形成が最も多くて、他では甲状腺腫や甲状腺癌です。

甲状腺の腫瘤は、片側性の場合もあれば、両側性の場合もあります。甲状腺組織の機能亢進でTSHの分泌が抑制されて、正常な甲状腺は機能が低下して萎縮します。また、甲状腺中毒を示す猫は、頸部の甲状腺腫瘤が触知されるか否かに関わらず、縦隔頭側に機能性の甲状腺組織が認められます。異所性の甲状腺組織です。これが3つ以上存在すると、機能性甲状腺癌の可能性が高いと思われます。組織を除去できれば、病理検査をしておきましょう。

猫の甲状腺腫様過形成の原因は明らかではないですが、関与する因子として、免疫、感染、栄養、環境、遺伝が示唆されています。栄養面では、ヨウ素の過剰なのか不足なのか、大豆イソフラボン、ビスフェノールAなどが疑われています。猫用トイレの使用が影響するのでは?という疫学的な調査もあります。甲状腺結節性濾胞過形成の領域では、ras遺伝子が過剰発現していて、この癌遺伝子の変異が甲状腺機能亢進症の発生に関与するという研究もあります。正常細胞では、ras蛋白の活性化は細胞分裂を促進します。変異したras発癌遺伝子から異常ras蛋白が合成されると、このような異常蛋白は、正常な細胞内フィードバックの影響を受けないので、細胞分裂に歯止めがかからなくなります。甲状腺細胞の増殖と分化を促進するシグナル伝達経路に関連するG蛋白発現の変化も、甲状腺機能亢進症の猫から得られた腺腫様甲状腺で認められています。抑制性G蛋白発現の低下も確認されていて、これによって相対的に促進性のG蛋白発現が増加して、甲状腺過形成組織で制御されない細胞分裂と甲状腺ホルモンの産生が促進されてしまうようです。

症状

甲状腺機能亢進症は、8歳齢を超えた猫に最もよく見られる内分泌疾患です。飼い主が頸部の腫瘤を見つけて来院する、ということはほどんどありません。食欲があってよく食べるのに痩せてきた、という主訴で来院することがほとんどです。

症状は、体重減少、多食、落ち着きがない、活動性の亢進などです。被毛の変化として、斑状の脱毛、もつれ、毛づくろいをしないもしくは過剰にする、ということがみられます。多飲・多尿、嘔吐、下痢などもみられます。

攻撃的な行動は、治療をすれば消失しますが、逆に元気消失、食欲不振を示す猫もいます。甲状腺機能亢進症による全身への影響や様々な症状は、他の疾患と似通っていることが多いので、高齢猫では、常に、甲状腺機能亢進症を疑っておきましょう。

検査でみられる異常
触診を行うと、ほぼ孤立性の甲状腺腫瘤が触知できます。しかしながら、それは甲状腺機能亢進症に特異的なものではなく、触知されても正常であったり、他の組織由来の腫瘤である可能性もあります。さらに、腫瘤が胸郭の前部や前縦隔まで下垂することもあり、触知できないと思って甲状腺機能亢進症を除外すると痛い目にあいます。たまに、腫瘤が小さくて触知不可能な場合もあります。

臨床病理所見

多くは血液検査で異常を認めません。多少のHt値の上昇がみられたりします。その他、好中球増加、リンパ球減少、好酸球減少、単球減少が認められる場合もあります。生化学検査では、ALT・AST・ALPの軽度な上昇がみられることがあります。どれか一つが超えていることが多いのですが、高度な上昇を認めるなら、肝疾患も疑いましょう。

甲状腺機能亢進症でよく認められる合併症があります。
甲状腺中毒性心筋症
肥大型、拡張型の双方の甲状腺中毒性心筋症が認められます。聴診で、頻脈や前胸部で弾むような心拍動が触知されたり、脈が抜けたり、奔馬調律、心雑音、胸水貯留による心音の減弱があります。心電図上では、R波の増高、右脚ブロック、左脚前枝ブロック、QRSの延長、心房性・心室性不整脈などがみられます。肥大型心筋症の場合の心エコー検査では、左心室肥大、心室中隔の肥厚、左心房・左心室の拡張、心筋収縮性亢進が認められます。拡張型心筋症の場合は、心筋の収縮性の低下と、著明な心室拡張があります。

どちらの型の心筋症でもうっ血性心不全が起こりますが、肥大型心筋症なら甲状腺機能亢進症を改善させれば回復します。拡張型心筋症でのうっ血性心不全は、不可逆性の変化です。

腎不全
高齢の猫で、しばしば併発します。腎臓が萎縮して、BUNやクレアチニンが上昇して、尿比重が1.008~1.020の範囲にあれば、腎不全の併発を疑います。

甲状腺機能亢進症では、糸球体濾過率、腎血流量、腎尿細管の再吸収能や分泌能が増加しています。甲状腺機能亢進症の治療を行うと、腎血流量や糸球体濾過率が急激に低下します。その結果、腎不全による高窒素血症や症状が発現、悪化します。

しかしながら、甲状腺機能亢進症が、腎機能に影響を与えていることを推し量ることは、まずできません。甲状腺機能亢進症と腎不全が併発していると、腎血流が増加するわけですから、腎不全の徴候が隠されてしまいます。

尿路感染症
甲状腺機能亢進症の治療をしていないと尿路感染症が起こりやすくて、多くは大腸菌の感染です。というのも、ほとんど無症状のためです。甲状腺機能亢進症と診断したら、尿検査を行っておきましょう。

全身性高血圧
一般に、全身性の高血圧が認められます。βアドレナリン作用の亢進による心拍数の増加、心筋収縮能の増強、全身性の血管収縮、レニン-アンジオテンシン系の活性化によるものです。これもほとんど無症状です。眼底出血と網膜剥離が、全身性高血圧を呈した猫でよく認められる症状ですが、甲状腺機能亢進症ではほどんど認められません。

消化器症状
多食、体重減少、食欲不振、嘔吐、下痢、頻回の排便、便排泄量の増加などが認められます。消化管の運動亢進と吸収不良が関与してます。炎症性腸疾患は、よくある併発疾患で、甲状腺機能亢進症の治療をした後でも消化器症状が続くようなら、考慮に入れましょう。消化器腫瘍の中でもリンパ腫が、多食と体重減少を示す猫での重要な疾患です。消化管の肥厚、腸間膜リンパ節の腫大がないか、腹部の触診を慎重に行いましょう。エコーを使うのも一つです。

診断

然るべき症状の確認、甲状腺腫瘤が触診できること、血清T4濃度の高値に基づいて行うことが必要です。

T4値
鑑別診断に信頼性の高い検査です。血清T4が正常高値(3.0~5.0μg/dL)で、甲状腺機能亢進を疑う症状があって、触診で頸部腹側に腫瘤が触れると、診断に迷いますが、この場合、無症候性甲状腺機能亢進症といわれて、初期段階の甲状腺機能亢進症と考えます。

fT4値
T4値のみでは判断がつかないことがありますので、血清fT4値も同時に測定しておきましょう。非甲状腺性疾患による影響が少なくて、信頼性の高い検査です。無症候性甲状腺機能亢進症でT4値が正常範囲内でも、fT4の上昇が認められます。甲状腺機能亢進症と判断していいでしょう。fT4が高値で、T4が低値の場合、euthyroid sick syndromeの可能性が高いと考えられます。

頸部超音波検査
触診で疑わしい甲状腺の腫瘤に対しては、エコーを充ててみましょう。片側性か、両側性か、甲状腺腫瘤の大きさはどうか、などを評価できて、治療計画を立てることができます。機能評価はできませんので、確定診断はできません。

放射性ヨウ素を投与してスキャンさせる方法もありますが、国内では放射性物質を用いることができないので、現実的な診断方法ではありません。


治療

治療方法には、甲状腺の摘出、経口抗甲状腺薬の投与が有効です。放射性ヨウ素を用いる方法は、日本ではできません。外科手術は根治可能です。薬では、コントロールするだけですので、毎日の投薬が必要になります。

初期治療
初期治療では、経口甲状腺薬(メチマゾール)で始めましょう。目的は、代謝や心臓の障害を改善すること、いずれ行うなら甲状腺摘出術での麻酔の危険性の軽減、腎機能に対する治療の影響を評価すること、です。甲状腺機能亢進が抑制されると、高窒素血症が発現するか悪化して、腎不全症状が現れます。それを評価するために、メチマゾールの投与を行いましょう。

腎機能が安定してるか、改善していれば、手術が可能です。メチマゾールの投薬中に、高窒素血症や腎不全症状が出てきたら、メチマゾールの投薬量調節して、腎不全の治療を始めます。腎血流量と糸球体濾過率を維持して尿毒症を予防するために、軽度の甲状腺機能亢進状態を保つことが必要となる場合があります。

抗甲状腺薬(メチマゾール)
サイログロブリンのチロシン残基へのヨウ素の取り込みを阻害して、チロシン残基のT3、T4への共役を阻害して、甲状腺ホルモン合成を阻害します。貯蔵されている甲状腺ホルモンの血中への放出は阻害せず、抗腫瘍作用も示しません。

抗甲状腺薬による治療は、①血清T4値を正常化して甲状腺機能亢進症治療後の腎機能を評価するための試験的治療、②甲状腺を摘出するための症状の軽減や改善を目的としたもの、③長期治療、を目的としています。

メチマゾールは、低用量(治療量より低い量)で開始して、治療効果がみられるまで漸増していきます。そうすることで副作用も抑えられます。2.5mg/猫/回(1日2回、2週間投与)から始めます。2週間後に、BUN、クレアチニンが上昇せず、T4値が2μg/dL以上なら、1日あたり2.5mgを増量(朝5mg、夕2.5mgとするか、粉で処方する)します。2週間の投与後、再度、同じ検査を行います。血清T4値が、1~2μg/dLになるか、副作用が発現するまで、2週間ごとに2.5mgずつ、増量します。有効量に達してT4値が管理できれば、症状が改善してきます。

多くは1日あたりのメチマゾール投与量は、5~7.5mg程度(BID)で管理できます。症状が落ち着いて、T4濃度が適切維持できるようなら、投与量が投与回数を減らして、その反応をみてもいいでしょう。稀にメチマゾールに抵抗性を示す猫がいて、20mg/日以上の投薬量になる場合があります。

メチマゾールの副作用は、元気消失、嘔吐、食欲不振などの症状が、治療開始後1~2ヶ月に現れてきます。最初の3ヶ月は、2週間ごとに血液検査を行って、CBC、腎機能、T4値をチェックしましょう。その後は、2~3ヶ月に1回程度の頻度で検査しましょう。

顔面蒼白、血小板減少、免疫介在性溶血性貧血などは、重篤な症状です。肝毒性や肝障害が起こることもあって、黄疸やALT・ALP活性の上昇が認められます。重篤な症状が出たら、メチマゾールの投与を中止して、支持療法を行います。投薬を中止すれば、1週間程度で症状は改善します。再発するような症例は、外科手術を考えましょう。

外科手術
外科手術は効果的な治療法ですが、必ずしも第1選択とは限りません。麻酔のリスク、腎機能に問題がある場合、術後の低カルシウム血症の可能性が高い症例、胸腔内に異所性甲状腺組織がある場合、甲状腺癌の転移が疑われる場合は、手術不可です。

術前はメチマゾールを投与して、経過を観察します。エコーで頸部腹側の甲状腺を抽出して、片側性か両側性か、を見ましょう。両側性で、両側摘出をしてしまうと、低カルシウム血症を引き起こす可能性があります。

術後の合併症で最も厄介なのが、低カルシウム血症です。摘出時に、上皮小体は、少なくとも一つ(4つのうち)は残しておきます。摘出手術後は、上皮小体が摘出されていないか、確認しましょう。もし、全部摘出されていたら、2つを切り取って、移植すると、機能が回復します。

両側の甲状腺摘出手術を行った症例は、術後10日間は、毎日、血清カルシウム濃度を測定します。低カルシウム血症は、比較的早く発現してきますが、それでも10日程度発現しないこともあるので、10日間は要注意です。元気消失、食欲不振、顔面の痙攣、筋の振戦と痙攣、テタニー、発作などが、低カルシウム血症の症状です。発現したら、カルシウムとビタミンDの補充療法をすぐに開始しましょう。血清カルシウム濃度をモニタリングしながら、上皮小体が残っていれば、いずれ機能が回復してきますので、カルシウムとビタミンDをゆっくり漸減できます。上皮小体が全部摘出されていると、生涯、カルシウムとビタミンD治療が必要になります。カルシウム濃度は、8.5~10.0mg/dLに維持しましょう。

摘出手術の後、甲状腺機能低下症がみられることがあります。症状があれば、チラージンの投与を考えてもいいでしょうが、ほとんどの場合、症状を呈する前に機能が回復します。症状を呈してて、血清T4濃度が低値なら、チラージン補充療法を開始します。それでも、ずっと投与するケースは少なくて、2~3ヶ月後には、ゆっくりと漸減して、投薬を中止をしても、機能が回復していることがよくあります。

甲状腺を摘出しても甲状腺機能亢進症を疑う症状が続くようなら、血清T4値を再測定しなければなりません。低値(2.0μg/dL以下)なら他の疾患、高値(4.0μg/dL以上)なら異所性甲状腺腫瘍、甲状腺癌の転移、片側だけの摘出手術を行ったのなら反側の甲状腺の関与などが疑われます。症状が数ヶ月~数年後に再発することもあるので、術後もT4値を定期的に測定するべきです。

放射性ヨウ素を投与する治療法は、効果的なのですが、日本では実施できません。甲状腺は、ヨウ素を取り込む性質があるので、取り込まれた放射性ヨウ素が、甲状腺濾胞細胞を破壊します。萎縮した正常な甲状腺濾胞細胞は、放射線の影響をほとんど受けず、その後、機能を回復することもできます。

予後

甲状腺癌による機能亢進症でないなら、予後良好です。外科手術が根治療法ですが、メチマゾールを長期投与する場合でも効果的です。メチマゾールの副作用には注意しておきましょう。

腎疾患を併発している猫は、腎機能が正常な猫よりも、生存期間が短くなります。合併症には要注意です。