役に立つ動物の病気の情報 | 獣医・獣医学・獣医内科学など

内分泌・代謝系の疾患/甲状腺腫瘍

Top / 内分泌・代謝系の疾患 / 甲状腺腫瘍

犬の甲状腺腫瘍

犬で甲状腺機能亢進症が起こる場合は、甲状腺腫もしくは甲状腺癌です。腺腫の多くは、小型で、甲状腺機能への影響がなく、症状を引き起こすこともありません。浸潤性の甲状腺腫や甲状腺癌は、頸部の甲状腺を腫大させて、臨床症状が認められます。

甲状腺癌は、食道、気管や頸部周囲の筋肉に浸潤していくことが多く、咽頭後リンパ節や頸部リンパ節、肺などへの転移もよく観察されます。肝臓、腎臓、骨、脳などにも転移することがあります。甲状腺癌の犬でも、ほとんどは甲状腺機能は正常です。甲状腺機能亢進症が認められるのは、甲状腺癌の犬の10%程度です。犬では、甲状腺腫様過形成はありません。

症状

甲状腺腫様は、比較的高齢(10歳以上)の犬でみられます。性差はありません。非機能性の甲状腺腫瘍(甲状腺の機能に影響を与えない腫瘍)では、頸部に腫瘤を主訴に、来院されます。症状は、腫瘤による周囲の組織の圧迫で生じる呼吸困難や嚥下困難です。腫瘍の転移による運動不耐性、体重減少がみられることもあります。両側性に甲状腺を破壊するような大型の浸潤性腫瘍では、甲状腺機能低下症の症状が発現します。甲状腺腫瘍で、甲状腺機能亢進症の症状がみられるのは、10%程度です。

甲状腺腫瘍は、固く、非対称性で、小葉性、無痛性で、頸部腹側領域にできます。多くは周囲の組織に癒着して、可動性はありません。大きくなると、呼吸困難、発咳、元気消失、ホルネル症候群、脱水などの症状が出てきます。被毛は乾燥して光沢がなくなることが多いのですが、脱毛はありません。腫瘍が進行してリンパ管を閉塞すると、下顎リンパ節や頸部リンパ節の腫大がみられます。機能性甲状腺腫瘍(甲状腺の機能に影響を与える腫瘍)では、落ち着きがなくなって、削痩、呼吸促迫、頻脈が認められることがありますが、多くは見た目、健康体です。

診断

確定診断には生検が必要ですが、血管が豊富なので穿刺時に出血します。うまく行かないときはMRIという手もありますが、費用が掛かるので、その他の方法を用いて総合的に診断するのがいいかと思います。

頸部のエコー検査で、腫瘤の大きさや位置が確認可能です。空胞か、嚢胞か、充実性か、などの判断が可能です。周辺組織への転移の有無もわかりますが、甲状腺癌は、肺から心基底部に転移することが多いので、胸部X線検査は必須です。順番としては、X線検査をしてから、エコー検査をした方がいいですけど・・・ 頸部X線検査では、小さな腫瘤や周囲の組織の変化、食道や気管への浸潤も確認可能です。腹部エコーで、腹部臓器への転移の有無も確認しておきましょう。転移を疑うなら、CTやMRIを用いるのも一つの選択肢です。

画像診断の前に、血液検査や尿検査を行いますが、診断の参考程度にしかなりません。甲状腺機能低下症では、軽度の正球性正色素性非再生性貧血、高コレステロール血症・高トリグリセリド血症(高脂血症)が認められるかと。甲状腺を疑うなら、T4・fT4値を測定しておきますが、機能性甲状腺腫瘍では、T4とfT4の上昇とTSHの低値が認められます。しかしながら、多くの甲状腺腫瘍は、非機能性なので、甲状腺ホルモンの測定値は正常であることが多いでしょう。甲状腺腫瘍による正常組織の損傷で、T4・fT4値が低い場合もあり、検査値の解釈には、十分な注意と考察が必要です。


治療と予後

治療は、外科切除、化学療法、抗甲状腺薬の服用などが選択できます。腫瘍の大きさ、浸潤性、転移の有無に基づいて判断していきます。甲状腺の機能は、治療に影響を及ぼしません。

甲状腺腫瘍は、基本的に悪性ですが、大型の浸潤性の腫瘍でも治療によって、症状は改善して、生存期間の延長も望めます。転移の拡大も抑制できて、転移していても、症状が発現しなくなることもあります。

外科手術
甲状腺腫や、小型の被包されている可動性の甲状腺癌は、外科切除で治癒する可能性が高いのですが、固着した浸潤性の甲状腺癌は完全に切除することは不可能で、大きさに関わらず、予後はよろしくありません。そのような腫瘍に対しては、放射線治療が効果的です。日本ではほとんどできませんけど・・・

転移していれば化学療法を考慮しましょう。化学療法で大型の浸潤性腫瘍を縮小させてから外科的な手術をしてもいいですし、逆に、手術してから化学療法で術後管理をすることも可能です。固着性、浸潤性の腫瘍の除去を行うと、腫瘍で生じる食欲不振や呼吸困難が軽減できることがあります。

両側性の腫瘍を外科的に除去してしまうと、反回喉頭神経や上皮小体、正常な甲状腺組織が障害されることがあります。上皮小体が全て除去されてしまったと思われるなら、血清カルシウム濃度を測定しましょう。上皮小体機能低下症が明らかになれば、カルシウムとビタミンD療法を開始します。術後、2~3週間後にT4、fT4、TSH濃度を測定して、甲状腺機能低下症が疑われたら、ホルモン補充治療を考えていきましょう。

化学療法
外科手術で完全に切除できなかった場合、転移が認められたり可能性が高い症例には、化学療法を適用します。一般的に、腫瘍の大きさが4cmを超えると転移の可能性が高いようです。

ドキソルビシン(30mg/㎡、3~6週間毎、iv)による治療が一般的ですが、完全寛解は稀です。シクロフォスファミドやビンクリスチンを併用して用いると、ドキソルビシンの効果が増強されます。シスプラチンを用いることもあります。化学療法については、腫瘍のページをご参照下さい。

経口抗甲状腺薬
機能性甲状腺腫瘍による甲状腺機能亢進症の症状を改善するための緩和療法として使用します。細胞傷害性がないので、治療の第1選択薬として用いることはありません。メチマゾールを、開始用量2.5mg(1日2回)で始めて、症状の改善と血清T4値が基準範囲内で維持できる用量、投与回数へ漸増していきます。

放射線療法や放射性ヨウ素治療もありますが、残念ながら日本でできる治療は限られているので、効果はありますが、他の治療法で改善を図りましょう。

予後
浸潤性のない腫瘍を外科的に切除した場合は、予後良好です。しかしながら、甲状腺の腫瘍は周囲組織への浸潤や転移が多く、さまざまな治療で症状の劇的な改善、QOLの向上が認められますが、長期的な予後には、要注意です。