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内分泌・代謝系の疾患/視床下部・下垂体-その1

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尿崩症

水分摂取と尿の産生は、血漿の浸透圧と量、渇中枢、腎臓、下垂体や視床下部の相互作用によって調節されています。犬の正常な飲水量の目安は、60mL/kg/日です。多くても、100mL/kg/日です。猫は、もうちょっと少ないですが、目安としては同じ程度でいいと思います。正常な尿量の目安は、20~45mL/kg/日です。

多飲・多尿を起こす内分泌疾患

疾患検出する検査
糖尿病
副腎皮質機能亢進症

副腎皮質機能低下症
原発性上皮小体機能亢進症
甲状腺機能亢進症
尿崩症(下垂体性・腎性)
先端巨大症
原発性高アルドステロン症
血糖値、尿検査
尿コルチゾル/クレアチニン比
低用量デキサメタゾン抑制試験
電解質、ACTH刺激試験
Ca/P濃度、頸部エコー、PTH濃度
T4、fT4濃度

GH濃度、IGF-I濃度、CTやMRI
電解質、アルドステロン濃度

種々の代謝障害が、多飲・多尿の原因になります。主に多尿を呈する疾患には、原発性下垂体性尿崩症、腎性尿崩症、二次性の腎性尿崩症、浸透圧利尿、視床下部・下垂体のアルギニン・パソプレッシン分泌障害、があります。尿崩症で最も多いのは、後天性、二次性の腎性尿崩症です。腎疾患や代謝性疾患で、腎尿細管がアルギニン・パソプレッシン分泌に対して、適切に反応できなくなった状態です。基礎疾患を治療できれば、後天性の疾患の多くは改善する可能性があります。

二次性の腎性尿崩症は、アルギニン・パソプレッシン分泌と尿細管アルギニン・パソプレッシン受容体の正常な相互作用の喪失、細胞内のcAMP産生障害、尿細管細胞の機能障害、腎髄質の間質における浸透圧勾配の喪失の結果で生じます。原発性の多飲は、犬でみられる行動異常で、心因性、行動学的な問題が関与していると考えられます。

多飲・多尿は、問診、身体検査、血液検査、尿検査によって、内分泌疾患の多くを推察することが可能ですが、詳細検査が必要なこともあります。しかしながら、検査所見に異常を認めない多飲・多尿を示す症例もあります。それらの犬や猫で考えられる疾患は、尿崩症、心因性多飲、副腎皮質機能亢進症、高窒素血症を伴わない経度の腎不全、軽度の肝不全や門脈シャント、です。副腎皮質機能亢進症や腎不全、肝不全は、詳細な検査を行って、除外していきましょう。頻回の尿検査、低用量デキサメタゾン抑制試験、腹部エコー検査などが必要になります。

飼い主に、1日の中で、複数回の尿の採取を行ってもらって、尿比重、尿蛋白、細菌の有無を調べます。健常犬では、尿比重は日内変動します。尿比重が常に等張範囲内(1.008~1.015)で、BUNやクレアチニン濃度が高値の場合、腎不全を疑います。尿比重が1.005未満(低比重尿)の場合、腎不全や腎盂腎炎は除外されます。尿比重が1.020を超えるなら、原発性下垂体性尿崩症、腎性尿崩症が除外されます。尿比重が、1.005以下から1.030以上まで、大きく変動する場合は、心因性多飲が示唆されます。他では、腎機能不全や腎盂腎炎なら蛋白尿、腎盂腎炎では細菌尿や白血球が認められます。


尿崩症

アルギニン・パソプレッシンの分泌は、腎臓における水の再吸収、尿の量と濃度、水分のバランス調節に重要な役割を果たしています。アルギニン、パソプレッシンは、視床下部の視索上核と室傍核で産生されて、下垂体後葉に貯蔵されて、血漿浸透圧の上昇や細胞外液量の減少によって分泌されます。腎臓の遠位尿細管や集合管の細胞に作用して、水の再吸収と尿の濃縮を促進します。

アルギニン、パソプレッシンの合成、分泌障害、腎尿細管でのアルギニンやパソプレッシンに対する反応不全が尿崩症の原因です。

中枢性尿崩症
アルギニン、パソプレッシンの分泌不足によって多尿を呈する疾患です。分泌不足には、完全な場合と不完全な場合があって、完全な中枢性尿崩症だと、持続的な低比重尿と重度の多尿が起こります。脱水が重篤になっていても、尿は低比重(1.005以下)が保たれてしまいます。部分的な中枢性尿崩症でも、水分制限がされないと、持続的な低比重尿と著しい多尿が認められますが、水分摂取を制限すると、尿比重は、等張範囲内(1.008~1.015)まで上昇します。しかしながら、さらに重度の脱水が起こっても、尿比重が1.020を超えることはありません。尿比重の程度は、アルギニン・パソプレッシン分泌程度に反比例します。

中枢性尿崩症は、神経下垂体(下垂体後葉)を損傷するさまざまな状況で発生します。特発性に起こるのが最も一般的で、年齢、品種、性別に関わらず発生します。子犬や子猫の発症がよく報告されるのですが、遺伝的な背景はないようです。原因として確認できるのは、頭部の外傷、腫瘍、視床下部・下垂体の奇形などです。

中枢性尿崩症に関連する原発性頭蓋内腫瘍には、頭蓋咽頭腫、下垂体色素嫌性腺腫、下垂体色素嫌性腺癌があります。乳癌、リンパ腫、悪性黒色腫、腺癌など腫瘍の転移も原因となります。

腎性尿崩症
アルギニン・パソプレッシン分泌に対するネフロンでの反応不全によってた尿を呈する疾患です。血漿中のアルギニンとパソプレッシンの濃度は正常です。腎性尿崩症が原発性、先天的に起こることは少なく、原因はわかりません。通常は、二次性の変化です。

 症状

中枢性尿崩症の好発犬種や性別、年齢はありません。猫では、雑種猫が多いようです。原発性の腎性尿崩症は、子犬や子猫、若齢の犬や猫でみられるだけです。この場合、飼い主に引き取られた当初から、多飲と多尿が認められます。

  •  症状
    •  特発性・先天性の尿崩症では、多飲と多尿が唯一の特徴的な症状です。飼い主が、失禁と間違えることもあります。
    •  二次的な尿崩症では、神経症状がみられることがあります。頭部に外傷がないなら、視床下部や下垂体での腫瘍を疑いましょう。

中枢性尿崩症は、身体検査で異常所見を認めません。削痩していることがありますが、食事よりも水を欲するためと考えられます。水分摂取を制限しない限り、水和状態、粘膜の色調、毛細血管再充填時間も正常です。

外傷や腫瘍による中枢性尿崩症で発現する神経症状は、昏睡、意識障害、運動失調、旋回、痙攣や、歩き方に元気がなくとぼとぼと歩くこと、などです。外傷や腫瘍による中枢性尿崩症の診断がされないまま、輸液療法を受けると、重度の高ナトリウム血症が神経障害を引き起こすこともあります。高ナトリウム血症と低張尿が認められたら、尿崩症を疑いましょう。

 診断

後天性の二次性腎性尿崩症を除外して、多飲・多尿の精密検査を行っていきます。血液検査、尿検査(細菌培養含む)、腹部エコー検査、尿コルチゾル/クレアチニン比の測定、低用量デキサメタゾン抑制試験を考えましょう。

中枢性尿崩症、原発性の腎性尿崩症、心因性多飲の犬や猫では、上記スクリーニング検査の結果は正常です。たまに、BUNが低値を示すことがあります。尿比重は、1.005未満を示しますが、何らかの都合で水を摂取できない状態にあった場合の尿を採取しているかも知れないので、等張尿の範囲内でも、尿崩症の場外はできません。水分摂取を制限して、脱水状態が尿比重に与える影響を調べてみましょう。

中枢性尿崩症を発症した高齢犬・高齢猫では、下垂体や視床下部の腫瘍を疑って、CTやMRI検査を含めた神経学的な検査も必要です。二次的な尿崩症、基礎疾患を除外して、最終的に中枢性尿崩症と診断するのが、現場では妥当は判断になるかと思います。

 治療と予後

尿崩症の治療で面白いのは、無治療、という選択肢があることです。絶えず水分を補給してやること、重度の多尿が問題とならない環境で飼育されているなら、治療は必須ではない、ということです。但し、短時間の飲水制限が、高ナトリウム血症、高張性脱水、神経症状の発現などの致命的な症状をもたらすことがあるので、常に水が補給されていることが重要です。

  •  治療
    •  デスモプレシン(パソプレッシンの合成アナログ化合物)の投与が標準的です。デスモプレシンには、アルギニン・バソプレッシンよりも約3倍程度の抗利尿作用があって、血管収縮作用や分娩促進作用はありません。
    •  点鼻薬が用いられます。点鼻薬ですが、点眼して使用します。
    •  1回量(1滴)は、1.5~4μgのデスモプレシンが含まれています。1日1~2回の投与で、抑制可能です。

投薬の効果は、2~8時間後に発現します。持続時間も長く、8~24時間、効果が持続します。利尿効果を確認しながら量を調節してもいいですし、昼間は薬を用いず、夜尿を防ぐためだけに用いてもいいでしょう。経済的にも助かります。

部分的中枢性尿崩症や腎性尿崩症には、サイアザイド系利尿薬や低ナトリウム食(塩分制限)が用いられますが、効果が限られています。デスモプレシンの高用量が症状を軽減することもありますが、高価で、費用対効果が悪く、奨められません。幸い、無治療、という選択肢もありますから、QOLをよくしてあげるような努力をする方がいいかも知れません。

  •  予後
    •  特発性・先天性の中枢性尿崩症は、適切な治療で症状が消失しますし、正しく世話をしてあげれば、QOLを高く保つことができます。
    •  外傷による中枢性尿崩症は、受傷後、2週間以内に回復してきます。
    •  視床下部や下垂体の腫瘍による尿崩症は、予後が悪いと思っていてください。多くは、診断後、6ヶ月以内に神経症状が現れます。放射線治療や化学療法に対する反応も、それほどよくありません。
    •  原発性の腎性尿崩症は、治療法が限定されることや、治療に対する反応も悪いので、予後不良です。
    •  二次性の腎性尿崩症は、基礎疾患の予後次第です。

原発性(心因性)多飲

体液が過剰に喪失されたことに対する飲水の著しい増加である、と考えづらい変化を、原発性多飲・心因性多飲と診断します。心因性、行動異常による発作的な飲水量の増加は、犬で起こります。猫ではありません。肝不全や甲状腺機能亢進症といった併発疾患からも生じることがあります。一番疑われているのは、生活環境の変化から生じる行動変化と考えられます。多飲で起こる多尿は、水分の過剰からくる代償反応です。

心因性の多飲では、視床下部・下垂体・腎臓の反応は正常です。すなわち、水分平衡調節や腎髄質での溶質の洗い出しの調節に異常はみられない、ということです。アルギニン・パソプレッシン分泌も腎尿細管でのアルギニン・バソプレッシン感受性も正常ですから、飲水制限を行うと尿は濃縮されて、比重は1.030以上になります。

  •  治療
    •  飲水を徐々に制限していきます。
    •  減量方法
      •  最初に、飲水制限せず、24時間の飲水量を測定。
      •  1週間ごとに飲水量を10%ずつ制限。
      •  最終的に、60~80mL/kg/日の飲水量になるまで減じる。
        ーーー 24時間の飲水総量をいくつかに分けて、最後は就寝前に飲ませる。

腎髄質の濃度勾配を回復されるために、塩(1g/30kg)を3~5日間、混ぜて飲ませるといいようです。

あとは、生活環境や日常生活の行動を変更してみましょう。例としては、毎日運動をさせること、新しい動物を飼ってみる、飼い主が不在のときはラジオなどを流して気晴らしをさせる、人との接触を増やすなどの工夫が功を奏することがあります。