呼吸器系の疾患/鼻腔・副鼻腔の疾患
鼻腔・副鼻腔の疾患
臨床症状
鼻腔・副鼻腔の疾患でみられる臨床症状は、鼻汁、くしゃみ、喘鳴、顔面の変形です。
鼻汁
鼻汁は、漿液性、粘液膿性、鼻出血(単純出血)に分けることができます。
漿液性鼻汁 正常
ウイルス感染
粘液膿性鼻汁の初期粘液膿性鼻汁 ウイルス感染
細菌二次感染
真菌感染
寄生虫
異物
腫瘍
鼻咽頭ポリープ
口腔疾患の波及(根尖膿瘍など)
アレルギー性鼻炎
慢性鼻副鼻腔炎(猫)
慢性/リンパ球形質細胞性鼻炎(犬)鼻出血
(単純出血性鼻汁)鼻疾患(外傷・異物・腫瘍・真菌感染)
全身性高血圧症
全身性止血異常
漿液性鼻汁は、透明・水様で、正常な場合にも認められることがあります。ウイルス性上部気道感染の徴候であったり、粘液膿性鼻汁に進行する前の段階であったりします。
粘液膿性鼻汁では、鼻汁は粘稠性があり、白色・黄色・緑色などになります。炎症が起こっている状態を示しています。粘液膿性鼻汁があって、発咳・呼吸困難、聴診で捻髪音などの下部気道疾患所見がみられたら、下部気道と肺実質の疾患を重視して評価していきましょう。出血を伴う場合は、滲出性のものと示唆されますが、多量で持続的な出血が続くなら、腫瘍や真菌感染によるものと思われます。
粘液膿性鼻汁を引き起こすウイルスには、猫ヘルペスウイルス(鼻気管炎ウイルス)、猫カリシウイルス、犬インフルエンザウイルスが考えられます。真菌では、アスペルギルス、クリプトコックス、ペニシリウム、リノスポリジウムが原因として挙げられます。
鼻が悪いと思っていると、歯に歯石がこびり付いているために、歯周ポケットへの細菌感染が鼻腔にまで達して化膿性疾患となり、粘液膿性鼻汁が出る場合があります(根尖膿瘍)。
持続性の出血は、外傷、鼻腔の侵襲性疾患、全身性高血圧症、全身的な止血異常が原因で起こります。止血異常を伴うのは、血小板減少症、血小板機能障害、フォン・ヴィルブランド病、殺鼠剤中毒、血管炎が考えられます。
くしゃみ
くしゃみが持続的に、反復性に出る場合は異常です。異物吸入と上部気道感染症(猫)が主な原因です。急性にくしゃみが出ても、時間とともに治まってきますが、その後、鼻汁に進行するようであれば、異物吸入と考えられます。
犬の場合は、鼻鏡検査(鼻の内視鏡検査)を行いましょう。異物、もしくは鼻ダニなどもみつかるかも知れません。猫ではウイルス性の上部気道感染であることが多いでしょう。
- 逆くしゃみ
逆くしゃみというのは、鼻咽頭の刺激で起こる、割と激しい発作性の吸気です。大きく息を吸い込みます。発作は数秒で終わって、呼吸に対して大きな障害を起こすことはありません。小型犬種に多く、特発的なものです。伝染性の疾患ではないので、通常は治療は不要です。
興奮や飲水に続いて起こることがありますが、草や植物を吸い込んで軟口蓋の背側に入り込むことによる刺激や炎症で起こることもあるようです。失神、運動不耐性、その他の呼吸器疾患が認められれば詳細検査をしましょう。
喘鳴
喘鳴(ぜいめい)というのは、いびき様の呼吸音のことです。上部気道の閉塞を示唆しています。咽頭の疾患に起因することが多いので、咽喉頭の疾患の項目もご参照の程を。
鼻腔内の原因で喘鳴を起こしうる原因としては、先天性の奇形、腫瘤、滲出物、血液凝塊による閉塞が考えられます。
顔面の変形
前臼歯の歯根膿瘍(根尖膿瘍)は、鼻腔や眼下に腫脹を引き起こすことがあります。膿が貯留することもあり、顔面の変形を伴うことがあります。
鼻腔付近で最も顔面の変形を引き起こす原因は腫瘍であり、猫ではクリプトコックス症です。
穿刺による細胞診や鼻汁のスワブ検査で確認しましょう。
診断と検査
病歴の聴取と身体検査を行っていきましょう。
鼻汁を示す犬と猫に対する一般的な診断アプローチです。
全症例 犬 猫 出血のある犬と猫 病歴の聴取
身体検査
眼底検査
胸部X線検査アスペルギルス
抗体価鼻スワブ細胞診
クリプトコックス抗体価
ウイルス検査
FeLV
FIV
ヘルペスウイルス
カリシウイルス一般血液検査
血小板数
血液凝固時間
頬粘膜出血時間
ダニ媒介性疾患検査(犬)
動脈血圧
フォン・ヴィルブランド因子検査(犬)
次に確定診断を行うためには画像診断を行うのが一般的です。X線検査である程度の評価は可能ですが、最近ではCT検査、MRI検査も可能な病院がありますので、必要に応じて実施しましょう。
仮にCT検査やMRI検査を行うのであれば、全身麻酔をかけて実施する訳ですから、鼻鏡検査も同時に行ってもらいましょう。
鼻鏡検査というのは、細い内視鏡を鼻腔に挿入して観察することです。
↑道具はこんなやつです。
異物の確認と除去、鼻粘膜の炎症、鼻甲介のびらん、腫瘤、真菌班や、ダニがいればダニも肉眼的に観察できるでしょう。病理組織学的検査のための採材も可能です。
鼻鏡検査で異常所見がみつかったら、鑑別診断を考えていきましょう。
- 炎症(粘膜浮腫、充血、粘液増加、滲出液)
- 粘液膿性鼻汁が認められる全ての鑑別診断を考慮しましょう。
- 腫瘤
- 腫瘍
- 鼻咽頭ポリープ
- クリプトコックス症
- 真菌菌糸の集塊または真菌性肉芽腫(アスペルギルス症、ペニシリウム症、リノスポリジウム症)
- 鼻甲介のびらん
- 軽度なら、猫ヘルペスウイルス症や慢性炎症
- 重度なら、アスペルギルス症、腫瘍、クリプトコックス症、ペニシリウム症
- 真菌病変
- アスペルギルス症・ペニシリウム症
- 寄生虫
- 犬の鼻ダニ・蠕虫(毛線虫)
- 異物
こんなところでしょうか。
疾患
鼻腔の疾患を具体的にみていきましょう。
上部気道感染症(猫)
上部気道感染症は猫に多い疾患で、多くは猫鼻気管炎ウイルス(猫ヘルペスウイルス)と猫カリシウイルスによる感染です。それとボルデテラ症とクラミジア感染症(Chlamydophila felisの感染)です。『ネコ風邪』と呼ばれている疾患はほとんどこれです。感染は、発症している猫やキャリア猫との接触によるもので、子猫、ストレス下の猫、免疫抑制状態にある猫が感染しやすくなります。感染後は、キャリアになることが普通です。
- 症状
- 発熱、くしゃみ、水様性から粘液膿性の鼻汁、結膜炎・眼脂、唾液分泌亢進、食欲減退、脱水など。猫ヘルペスウイルス感染では角膜潰瘍、流産、新生子の死亡の原因となることもあり、猫カリシウイルス感染では口腔内潰瘍、間質性肺炎や多発性関節炎を起こすこともあります。
- 回復した猫でも、ストレスが多い状況が続いたり、免疫抑制を起こすような状態では、再発する症例もあります。
- 慢性的に鼻汁がみられる場合もあります。
- 治療
- 原因の多くがウイルスの感染ですから支持療法が基本です。水分と栄養補給を行いましょう。多くの症例が慢性化することなく、予後も良好です。
- しかしながら、ウイルス感染ですので特効薬はありません。あえて投薬するならば、抗菌目薬(5mL)にインターフェロンを0.1mL程度混入して、点眼と点鼻をすると効果があります。
- クラミジア感染症に対しては、抗生剤が効果的ですが、ウイルス感染の場合は、二次感染の防止に用います。ステロイドの投与は禁忌です。
- 飼い猫ならワクチン接種によって予防できます。
細菌性鼻炎
二次的に発生する細菌性の鼻炎です。何らかの疾病により鼻粘膜の正常な免疫機構が破壊されると、健常時に鼻腔内に常在している細菌が過剰増殖して起こる二次感染です。原因菌はBordetella bronchisepticaで、犬でも猫でも感染しますが、猫の方が罹患しやすい菌です。マイコプラズマが原因菌となる場合もあります。
- 症状・治療・予後
- 特徴的な症状はありません。鼻腔スワブでスライド標本を顕微鏡で観察しても非特異的な所見です。粘液、好中球性炎症、細菌の存在などが確認できるでしょう。
- 粘液膿性の鼻汁を伴う鼻炎です。粘液膿性≒細菌感染ですから、抗菌薬で治療します。鼻腔スワブなどで抗菌薬感受性試験を行うと効果的ですが、広域性抗菌薬を第1選択薬として投与するといいでしょう。抗生剤は、使うときにはしっかりと用量・用法を守って菌をやっつけましょう。中途半端に抗菌薬を変えたり休止したりすると耐性菌ができやすくなります。
- 通常は抗菌薬に反応して改善しますが、慢性化しているならば基礎疾患を特定して治療しましょう。
真菌症
- クリプトコックス症
- Cryptococcus neoformansは主に猫に感染する真菌です。
- 呼吸器を通して生体に侵入する可能性が高い真菌です。
- 猫では、鼻腔、中枢神経系、眼球、皮膚や皮下組織への感染がみられ、犬では中枢神経系の感染が一般的です。犬・猫とも肺への感染も多いのですが、肺疾患の症状を引き起こすことは稀です。
- アスペルギルス症
- Aspergillus fumigatusは多くの動物の鼻腔に常在する真菌です。菌体は真菌苔に発育して肉眼的に認められるようになります。鼻粘膜を侵して真菌性肉芽腫を形成します。アスペルギルス症は日和見感染症で、基礎疾患を常に考慮する必要があります。
- 犬で慢性鼻汁の原因になります。顔面の触診に敏感になって、外鼻孔の色素脱、潰瘍が主な症状です。鼻鏡検査では、鼻甲介のびらんと鼻粘膜上の白色もしくは緑色の真菌苔が認められます。アスペルギルス症は単一検査の結果のみでは診断できないことが多いので、総合的に判断していきましょう。真菌苔から採取した生検材料を細胞診や真菌培養によって確認することも有効です。
- 治療にはクロトリマゾールの局所投与が効果的です。単回もしくは数回で効果がみられます。1~2週間経っても効果が認められなければ、感染部位にクロトリマゾールが到達していないことが考えられます。鼻鏡検査下で真菌苔を除去して治療への反応性を高める処置が必要と思われます。
- 鼻腔を超えて感染が広がっている場合には、イトラコナゾール(5mg/kg)の投薬が推奨されますが、服用期間が長く高価なので、飼い主の負担との兼ね合いを考えておきましょう。
寄生虫
- 鼻ダニ(Pneumonyssoides caninum)
- 約1mm程度の白色小型のダニです。臨床的には無症状ですけど、一般的にくしゃみがあります。激しくくしゃみをすることが多いでしょう。ひどくなれば、頭を振る、鼻を前肢で掻く、逆くしゃみ、慢性的な鼻汁、鼻出血などもみられます。
- ミルベマイシン(0.5~1mg/kg、po、7~10日毎に3回)の投与が有効です。このダニの場合は予後は良好です。
- 鼻毛頭虫症
- 線虫(Capillaria boehmi)です。小さく細く白い虫体で、犬の鼻腔粘膜や前頭洞に寄生します。虫卵が犬に嚥下されて糞中に排泄されます。
- くしゃみ、粘液膿性鼻汁(出血はあったりなかったり)がみられます。イベルメクチン(0.2mg/kg、po、単回)に反応します。
鼻咽頭ポリープ・腫瘍
- 鼻咽頭ポリープ
- 良性腫瘍です。発生する機序はよくわかりません。耳管(エウスターキオ管)の起始部にできることが多いので、咽頭と鼻腔だけでなく中耳や外耳道に広がることもあります。
- 呼吸器症状としては、喘鳴、上部気道閉塞、鼻汁がみられます。
- 捻転斜頸、眼振、ホルネル症候群などの神経症状がみられることも。
- X線検査やCT、MRIなどで軟部組織陰影の確認や鼓室胞への浸潤の有無を確認しておきましょう。耳鏡検査でも確認できることがあります。
- 治療には外科手術です。口腔側から牽引する方法のようです。術後は、プレドニゾロン(1~2mg/kg、SID)を2週間、その後漸減しつつ2週間の投薬が効果的です。抗生剤も投与しておきましょう。
- 予後は良好ですが、再発することもありますので注意です。
- 腫瘍
- 犬や猫の場合、鼻の腫瘍の多くは悪性です。主訴は鼻汁です。片側で鼻汁が始まっても腫瘍の進行に伴って両側性に進行します。腫瘍により、鼻孔を通る空気の流れが遮断されます。動物の鼻の前に、手鏡を置いてみると曇り具合で評価可能です。
- 顔面骨、硬口蓋や上顎部の変形がみられる場合があります。頭蓋内まで腫瘍が増殖すると神経症状の原因になります。眼窩への浸潤も起こり得ます。最初に眼の異常で来院される場合もあります。
- 臨床症状に基づいて、X線検査やCT、MRI検査を行うことが必要です。麻酔をかけたなら鼻鏡検査も合わせて行っておきましょう。その際は、生検材料を採材して細胞診もしくは病理組織学的検査を行っておくことが必要です。一度の検査で確定診断ができなければ、1~3ヶ月単位で検査を継続しましょう。
- 良性腫瘍の場合なら外科手術ですが、悪性腫瘍の場合、外科手術では生存期間の延長やQOLの向上すら期待できないことが多いようです。しかしながら、治療をしないと予後は不良です。鼻出血があると特に予後はよくないようです。神経症状、呼吸困難、食欲不振・体重減少を伴うと安楽死を選択することも必要な場合があります。
- 治療の第1選択は、放射線治療です。効果がない場合もしくは放射線治療が選択できない場合は、化学療法です。抗癌剤は、リンパ腫ならそれなりの効果が期待できるので試しても良いでしょうが、基本的には抗癌剤を使うなら安楽死の方がいいかもしれません。
- 非ステロイド系抗炎症薬であるピロキシカムが有効であった症例も報告されています。プレドニゾロン(0.5~1mg/kg/day)でも改善する症例があります。これらは同時に使用してはいけませんよ。
アレルギー性鼻炎
犬や猫では、アレルギー性鼻炎の診断そのものが難しいでしょうが、アトピー症状を持っている犬や、鼻をこすりつける仕草、漿液性の鼻汁がみられ、皮膚症状を呈していれば、おそらくアレルギー性鼻炎が併発していると考えていいのではないでしょうか? 単独でみられることはまずない、ということでもあるかと思います。外的要因で起こると考えられます。
くしゃみや鼻汁が主訴です。季節的なもの、タバコ、香水、洗剤などが刺激になることもあります。気付けば、それらを排除してあげれば症状は改善します。
アレルゲンの排除が難しければ、抗ヒスタミン剤の投与が有効な場合があります。クロルフェニラミン(犬で4~8mg/head、猫で2mg/head)の経口投与で様子をみましょう。効き目が悪ければ、プレドニゾロン(0.25~0.5mg/kg)です。
特発性鼻炎
原因が特定されず、特徴的な所見のない慢性的な鼻炎がみられることがあります。猫の副鼻腔炎や、犬の慢性鼻炎やリンパ球形質細胞性鼻炎などがそうです。
- 分泌物(鼻汁)の排泄をしやすくしてやる
- 環境中の刺激物を減らす
- 細菌の二次感染を予防
- マイコプラズマ感染の可能性があれば治療
- ヘルペスウイルスの感染があれば、治療
- 炎症の軽減
- 治らない、症状が重篤になれば外科的な介入を
疾患の治療に時間を要しますが、犬や猫は至って健康な場合が多いので気長に治療に当たりましょう。抗菌剤の長期投与による薬剤耐性菌の出現には注意をして、むやみと抗菌薬を変えたり、頻回に投薬と休薬を繰り返すことのないようにしましょう。
ミニチュアダックスフンドで時折遭遇する鼻炎は、『リンパ球形質細胞性鼻炎』を疑ってみましょう。咳やくしゃみをしながら何度も吐きそう、鼻炎がひどく、膿性鼻汁漏出してくしゃみが多発、呼吸が荒い、鼻炎症状の左右差なし、抗生剤・抗ヒスタミン剤などを処方するも良化せず、元気食欲は問題なし、鼻出血はない、そんな症状があれば疑っていいかと思います。
リンパ球形質細胞性鼻炎は慢性非感染性鼻炎ですが、原因はよくわかっていません。高用量プレドニゾロン(2mg/kg)の投与で改善徴候を示しますので、効果をみながら漸減していき、抗炎症量:0.5mg/kgでコントロールしましょう。