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循環器系の疾患/フィラリア症(犬糸状虫症)

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フィラリア症(犬糸状虫症)

フィラリア症は、フィラリア原虫という寄生虫が犬や猫の体内に寄生して、様々な症状を引き起こす病気です。寄生虫は、その名の通り、何かに寄生しなくては生きていけません。さらに、寄生するまでに、他の生物体に入り込んで、目的とする生命体に寄生するまでの間をそこで過ごす、そのサイクルが存在するのが一般的です。寄生する生命体を『宿主』と言いますが、その途中で一時的に寄生する生命体を『中間宿主』と言います。
フィラリア症の場合、宿主が犬や猫、中間宿主が蚊、です。

寄生虫には、ライフサイクル、というものがあります。宿主に寄生するまでの経路です。その経路をどこかでぶった切るのが寄生虫予防の基本方針です。フィラリアの場合は、蚊に刺されて1ヶ月以内の幼虫を駆除するのが効果的です。
フィラリアのライフサイクルを見てみましょう。

フィラリア(犬糸状虫)のライフサイクル

フィラリアは、蚊を、必ず、介して伝播される病気です。

  1.  蚊が感染している宿主動物(主に犬)の血液中を循環しているミクロフィラリア(第一期子虫[L1])を摂取します。
  2.  蚊の体内でL1はL2へと成長し、約2~2.5週間かけて感染力のあるL3へと成長します。この過程に必ず蚊を介する必要があります。
  3.  感染性の幼虫は、蚊が次の血液を吸血する際に新しい宿主内へと侵入します。
  4.  L3は新しい宿主の中で皮下・筋肉内を迷走し、9~12日ほどでL4へと脱皮し、その後、100日程度かけてL5期にまで成長します。このL3・L4期がフィラリア予防・駆虫のタイミングです!
  5.  感染後、100日ほどで、若いL5子虫は血管系に侵入し、選択的に肺の後葉の末梢肺動脈へ移動します。
  6.  子虫が成虫になるには最低でも5ヶ月、通常は6ヶ月以上を要します。
  7.  その後、妊娠した雌はミクロフィラリアを放出し、感染が明らかになります。
  8.  血液検査でのフィラリア感染有無の確認には、成虫の雌の生殖管から分泌される抗原の有無を検出しています。


    フィラリア

フィラリアの感染には、蚊を中間宿主として経由することが絶対です。輸血や母親からの胎盤感染したミクロフィラリアは、成虫には成長できません。そのような感染の子犬は、ミクロフィラリアが血中に認められてもフィラリア症の症状を示しません。
日本を含めて世界各地でフィラリア症は見られています。1日の平均気温が1ヶ月間18℃以上にならない限り、L1が感染幼虫(L3)にまで成長することはありません。春先に蚊が出始めても、あせることはなく、予防はゴールデンウィークの前後から行えば大丈夫でしょう。もちろん、常夏の地域ではその限りではありません。

ちなみに、フィラリア原虫は、1隻、2隻・・・と数えます。1せき、2せき・・・です。

フィラリア症(犬糸状虫症)の診断的検査と予防

フィラリアに感染しているか否か、というのは検査キットを用いて行います。今なら、1滴の血液で検査が可能です。通常、動物病院で実施しているフィラリア症の感染有無を判断するための検査は、抗原検査です。雌成虫の生殖管から分泌され、血液中に存在する犬糸状虫体の抗原を検出するのが一般的な検査キットです。特異的な反応であり、感度が高く正確な診断が可能です。

抗原検査

循環血液中のフィラリアの抗原は、感染後(成虫が心臓に寄生する状態を感染と呼ぶ)6ヶ月半~7ヶ月で検出され始めます。5ヶ月未満の感染では検出されず、雄虫に対する感受性もありません。ですので、感染が疑われる場合でも陰性の結果が出ることがありますので、予防薬の飲み忘れがあった場合は、予防薬を毎月継続して飲み忘れなく飲み始めて7ヵ月後以降に、検査を行いましょう。

循環血液中のミクロフィラリアを顕微鏡下で確認できる場合もあります。感染していたら常に血液中のミクロフィラリアを検出できる、という訳ではありません。検出される確率はかなり低いのでスクリーニング検査としては推奨できません。ここまでは犬の場合の話です。

猫の場合は犬糸状虫に対する抵抗性が強く、感染数が少ないなど感染の仕方も異なるので、感染していても抗原検査では陰性の場合がよくあります。血液中のミクロフィラリアの確認もほとんどできません。

フィラリア症(犬糸状虫症)の予防

フィラリアの感染、というのは心臓にフィラリア原虫の成虫がいて、ミクロフィラリアが血管内に放出されている状態です。また、蚊を介して侵入してきた子虫も放っておくと血管内に侵入します。この状態で、成虫駆除薬や殺ミクロフィラリア薬で治療をするのは、副作用が重篤になる場合がありますので、薦められません。肺血管血栓塞栓症にもなりましょう。ミクロフィラリアの死滅により循環虚脱を起こすこともあります。

フィラリアによる感染を防ぐには、成虫駆除薬や殺ミクロフィラリア薬に比べて、極低用量で緩徐な作用の予防薬を毎月1回、決まった日に忘れずに投薬する方が、重篤な副作用が出ることも無く安全です。
現在よく使われているフィラリア駆除の予防薬としては

  •  イベルメクチン(6~12μg/kg)
  •  ミルベマイシン(0.5~1.0mg/kg)
  •  モキシデクチン(2~4μg/kg)
  •  セラメクチン(6~12mg/kgを皮膚に塗布)

などがあります。
ちなみに、殺ミクロフィラリア薬としてイベルメクチンを使うことがありますが、その時の投薬量は50μg/kgですし、ニキビダニ(アカラス)を治療する際には600μg/kgまで投与することもあります。それを考えると予防でマイルドに作用させる方が犬や猫の体には負荷が少ないことはわかってもらえるかと思います。

これらの薬剤は、寄生線虫類や節足動物の細胞膜のクロライド(Cl)チャネルに相互作用することにより神経筋麻痺を起こして殺効果を生じます。フィラリア原虫のL3期とL4期子虫に対して効果があります。ミルベマイシンやモキシデクチンは、若い成虫に対してはほとんど効果がありませんが、イベルメクチンやセラメクチンは成虫にも作用するので注意しましょう。

月に1度、フィラリアの予防薬を服用する理由は、冒頭に書いたライフサイクルを見てください。L3~L4期の子虫の時期が1ヶ月以上ありますので、その間に駆虫してしまおうという訳です。蚊を介して犬の体内にフィラリア子虫が侵入しても、しばらくは皮下や筋肉内にいますが、放っておくとL5子虫になって血管に侵入し、薬が効かなくなる、効いても副作用が出ることもありますから、忘れずに毎月1回服用してください。

フィラリア陽性の犬には、ミルベマイシンやモキシデクチンを投与します。まずは、今以上の感染を防ぐことが目的です。最近は、成虫やミクロフィラリアの駆除は犬の体に負荷が大きいので、フィラリアの成虫が死ぬまで放置する方が一般的です。5~6年で成虫は死にます。
更なる感染を予防することは忘れないようにしてください。

7ヶ月齢以下の若い犬にはフィラリアの抗原検査をする意味はないので不要ですが、予防を開始するときは、抗原検査とミクロフィラリアのチェックはやっておいた方がベターです。2年目以降、毎月の予防薬投与を忘れずに行っていれば、毎年のフィラリア抗原検査は不要です。

コリー種は、イベルメクチンに対する感受性が強いので、できたらモキシデクチンを投与するようにしておきましょう。これは、血液脳関門の薬物通過に関する遺伝的な欠損が原因と言われてます。副作用として見られるのは、神経症状(意識朦朧、昏睡、失神、発作など)です。毒性量は100~200μg/kgなので、フィラリア予防量では安全範囲内なのですが、念のため。

猫にはセラメクチンを使うことが多いです。レボリューションという商品名で販売されています。肩甲骨の間の頸部に塗布します。猫が舐めないように、です。2時間もすれば浸潤します。この量のセラメクチンは、フィラリアにも効果がありますし、ノミの成虫・卵の孵化・幼虫に対する殺効果、ミミヒゼンダニの駆除、猫回虫の駆除にも効果があります。ノミやダニは、温かい屋内では年中生息していますから、通年投与でいきましょう!

最近では、犬でも通年投与という考え方が広がってきています。毎月、予防薬を投薬するのが手間である、忘れる、春先の狂犬病予防接種時期と重なるために混雑する動物病院で待たされるのが嫌だ、という方には、フィラリア注射薬もあります。フィラリアの注射薬ですと、1年に1度の注射でフィラリアの予防が可能です。モキシデクチンの徐放製剤です。

フィラリア注射薬

フィラリア(犬糸状虫症)の症状と診断

フィラリアに感染すると、L5に成長したフィラリア子虫は血管に入り込み、静脈血流に乗って心臓へ向かいます。右心と肺動脈に寄生し、肺高血圧症(肺性心)がフィラリアによって生じます。
しかしながら、他の心疾患と同様に初期は無症状のことが普通です。症状の進行にしたがって、二次的・慢性的変化として右心室の拡張、心肥大、うっ血性右心不全症状が出てきます。
診断には胸部X線検査や心エコー検査をしますが、当然、抗原検査でのフィラリア陽性反応を確認した上での検査になります。

犬のフィラリア症の重症度分類

重症度臨床徴候胸部X線検査所見血液検査所見
軽度無症状なしなし
中程度


無症状
ときおり発咳
運動時に軽度の疲労
右心室の拡大
肺動脈の軽度の拡大

軽度貧血
軽度蛋白尿

重度




全身状態の悪化・腹水
運動時の疲労
持続的な発咳
呼吸困難
右心不全
右心室・右心房の拡大
重度の肺動脈の拡大
血管周囲、肺胞の間質不透過像
血栓塞栓症所見

貧血(Ht<30%)
蛋白尿



末期症状大静脈症候群  

猫のフィラリア症の症状は犬とは異なります。猫は犬に比べてフィラリア感染に対する抵抗性が強く、猫の体内ではフィラリアの成長・増殖は少ないです。しかしながら、逆に症状は犬よりも急性に重篤なことが多く、突然死の原因になる場合もあります。猫の体内でのフィラリア成虫の寿命は短いですが、1隻の成虫が心臓に寄生するだけでも猫を死亡させる場合があります。単性寄生も一般的であり、猫ではミクロフィラリア血症の時期が非常に短いのが特徴です。

猫のフィラリア症は、成虫だけではなく、未成熟虫(L5子虫)でも炎症性の合併症を起こします。猫のフィラリア症は2段階の変化を辿ります。

  •  未成熟虫が肺動脈へ移行する時期(第一期)
    •  未成熟虫が、肺の血管内マクロファージを活性化します。この細胞は猫の肺の毛細血管床に存在する特殊な貪食細胞で、犬には存在しません。
    •  このマクロファージが刺激されると、肺動脈や肺の組織に急性炎症反応を引き起こします。
    •  喘息やアレルギー性気管支炎のような症状を呈します。
  •  犬糸状虫の死滅(第二期)
    •  死滅した虫体片が変性して、肺に炎症と塞栓症を引き起こします。致死的な急性肺障害になり、突然死の原因にもなります。

猫のフィラリア症の臨床症状では、嘔吐と呼吸困難、食欲不振や元気消失が見られます。嘔吐が起こるのは、炎症で生じる炎症伝達物質の中枢刺激と考えられ、抗炎症薬で改善されます。呼吸器症状も特徴的な猫のフィラリア症の症状であり、喘息との鑑別が必要です。
フィラリア虫体の迷入が猫では犬より高頻度に起こり、脳内に迷入すると神経症状を突然生じることがあります。痙攣、痴呆、失明、運動失調、旋回、散瞳、流涎などがみられます。

猫のフィラリア症確定診断は難しく、その割には猫のフィラリア症は多発しています。猫白血病ウイルスの感染率と変わらないので、常日頃から予防を行いましょう。セラメクチン(商品名:レボリューション)で予防できます。

フィラリア症(犬糸状虫症)の治療

フィラリア症の治療とは、成虫の駆除や血管内に入り込んだミクロフィラリア(L5子虫)の駆除という意味になります。
が、成虫を駆除した後、5~30日で、肺動脈疾患が増悪します。特に、フィラリア症の臨床症状を呈している犬では重篤な症状になります。死滅した虫体や衰弱した犬糸状虫が、塞栓症や肺動脈閉塞を起こすからです。肺血栓塞栓症の治療は、絶対安静・高用量ステロイド投与・酸素吸入・気管支拡張剤の投与、ショック症状があれば輸液点滴などを行います。

そもそも、成虫駆除をする前に予防をしておけば、そのような重篤な副作用に悩まされることはないので、しっかり予防をしてください。予防に勝る治療はありません。なので、これ以上は成虫駆除に関する記載はしません。
最近のフィラリア症の治療は、感染確認後以降の感染を予防し、犬糸状虫の寿命を待つ方法を取るのが一般的です。無理に治療して、死ぬよりは安全です。

ここではフィラリア症に伴う合併症の治療について考えていきます。

肺における合併症

免疫介在性肺炎(アレルギー性、好酸球性肺炎)を引き起こすことがあります。聴診においては肺の捻髪音が聴取され、発咳、頻呼吸や呼吸困難、さらにはチアノーゼ、体重減少、食欲不振であれば、フィラリア症による免疫介在性肺炎の可能性があります。
ステロイド(プレドニゾン)の投与によって改善します。開始時は、1~2mg/kg、1日1回、経口投与を、その後は症状を見ながら減薬しましょう。

うっ血性右心不全

フィラリア症では肺動脈疾患や肺高血圧症を誘発しますから、心臓への負荷によるうっ血性右心不全が起こることがあります。認められる症状は、通常の右心不全徴候と同じで、頸静脈の怒張や拍動、腹水、失神、運動不耐性、不整脈などです。治療も重度の肺動脈疾患と同様で、フロセミド・ACE阻害薬が基本です。ナトリウムの制限食も必要でしょう。

大静脈症候群

重度のフィラリア寄生による危険な状態です。大量の虫体により、心臓への静脈還流が障害されたときに生じる低拍出性の心臓ショックです。普通フィラリアは肺動脈や右心室に寄生するんですけど、虫体数が増えてくると、右心房→後大静脈へと移動していきます。そのために引き起こされる疾病であり、肝臓や血液にも影響を与え、急性肝不全、ヘモグロビン血症・尿症にもなります。大静脈の塞栓もあるでしょう。

突然の虚脱を呈して、食欲不振、頻呼吸や呼吸困難、蒼白、ヘモグロビン血症、ビリルビン尿症、時には発咳、喀血、腹水も認められます。虫体による三尖弁の閉鎖不全が起こりますので、心雑音、頸静脈の怒張や拍動、微弱な脈拍、第2音(S2)の分裂、奔馬調律(ギャロップ音)が聴取されましょう。

血液中にはミクロフィラリアが観察され、赤血球の破壊が原因のクームス試験陰性の溶血性貧血、高窒素血症、肝機能障害、肝酵素活性の上昇、さらには播種性血管内凝固(DIC)症状を示す犬もいます。
胸部X線検査では右心や肺動脈の拡大像が明らか、心エコー検査では三尖弁に絡まる虫体も確認できます。

この状態に陥った犬は2~3日で死亡します。なので、ここまでひどい状態で生死に関わる場合ですので、外科手術で虫体を除去することが必要です。