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循環器系の疾患/弁膜症・心内膜症

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弁膜症・心内膜症

 房室弁膜症

簡単に言うと、僧帽弁・三尖弁の異常による閉鎖不全が、心不全を誘発していく病気、と言えます。治療の方向性は、心不全の治療と同様になります。僧帽弁閉鎖不全の方が一般的です。

弁が肥厚、変形、脆弱化して、しっかりと弁が接着できなくなり、血液が逆流するようになります。それは数ヶ月・数年単位で進行していきます。
弁の変性が進むと逆流血液が増えて、大動脈への血流量(僧帽弁閉鎖不全の場合)は減少します。補う形で、交感神経の活動の亢進、迷走神経の緊張低下、レニン・アンジオテンシン系の活性化が起こります。心不全の時の変化と同じですね。
ナトリウム利尿ペプチドも放出されます。心不全の項目に書きませんでしたが、心不全のときにも全身性の反応としてナトリウム利尿ペプチドの放出が見られ、利尿作用、ナトリウムの排泄増加、末梢血管の拡張を引き起こします。レニン・アンジオテンシン系の作用に拮抗するような働きをする訳です。防衛反応でしょうか。
血液の逆流が進むと、血流量を増加させようという心臓のポンプ機能が過剰に働き、心房・心室の拡張、心筋肥大が進行します。

しかしながら、ほとんどの犬は長期間、無症状で過ごします。飼い主にとっては至って普通、何事も問題ないように見えるので、病気を治療しようとする意識はほとんどありません。
来院時の診察で、心雑音が聴取されることが最初の気付きであることが一番多いでしょう。僧帽弁閉鎖不全では、左心尖部にて全収縮期雑音が典型的な心雑音になります。目に見える症状として、運動不耐性、激しい運動後の頻呼吸、発咳が飼い主からの最初の主訴です。

症状が進んでいくと、胸部X線検査・心エコー検査において、左心房・左心室の拡大像が確認されます。左心房の拡大により、心臓の背側にある主気管支が圧迫され、気管虚脱を起こして発咳が認められる。
徐々に心不全徴候を示し始めて、肺のうっ血や間質性水腫が悪化するにつれ、安静時の呼吸も増加していきます。運動時だけでなく、夜間・早朝にも発咳が出始めます。肺水腫に移行すると、湿性の咳嗽を伴う呼吸困難を呈します。三尖弁閉鎖不全を併発すると、肺動脈への容量負荷による右心のうっ血性心不全を起因とした腹水・胸水の貯留、頸静脈の怒張と拍動がみられる場合があります。

一時的な衰弱や虚脱・失神が、不整脈、発咳や心房破裂に続発することがあります。弁膜症は、徐々に進行する疾患ですが、合併症が起こった場合には肺水腫や心嚢水・心タンポナーデなどの特発的な症状が現れ、急速に症状が悪化することがあります。
僧帽弁や三尖弁は腱索という紐で、心臓の乳頭筋とつながっているのですが、心肥大・拡大による負荷が掛かったりして断裂してしまうことがあります。弁が開いた状態になって急激な血液の逆流が起こり、それまでは無症状であった犬が、数時間以内に激しい肺水腫が発症してしまうことがあります。心エコー検査で、断裂した腱索や弁葉が揺れている状態が確認されることもあります。

上記の内容を踏まえた上で、症例の臨床症状や合併症の有無・性質によって治療を考えていきましょう。症状の進行に合わせて、再評価と治療を調整していくことが必要です。基本的な治療方針は、内科的治療であり、心不全と同様の処置(例:利尿薬、ACE阻害薬、陽性変力作用薬の投与)を施します。

 弁膜症の治療指針

無徴候の房室弁逆流
飼い主の指導(疾患の過程や心不全の症状を説明しておく)
定期検診
1年毎の胸部X線検査
フィラリアとその他の感染症予防の徹底
療法食の推奨
左心房拡大像が認められたACE阻害薬を検討する

臨床症状を呈していない犬には投薬を行う必要はない。
先ずは、飼い主に対して疾患が今後どのような過程を辿る可能性があるのか、うっ血性心不全の徴候について指導しておくべきである。肥満犬には減量の指示を行う。長時間の激しい運動は避けるようにも指導する。
定期的に検診に来院(最低でも1年に1度)してもらい、心雑音を始めとして再評価を行うべき。左心房の拡大像が確認されたら、ACE阻害薬の投薬を検討する。

軽度~中程度のうっ血性心不全
ACE阻害薬
フロセミド
中程度になればピモベンダン
利尿薬の追加(スピロノラクトン、サイアザイド系利尿剤)
必要に応じた抗不整脈治療
運動制限
療法食
自宅での安静時呼吸数の確認

心不全の徴候が見られたらACE阻害薬を第1選択にする(0.25mg/kg、SID、POからスタート)。運動不耐性、発咳、努力性呼吸は改善されるはずです。
呼吸器症状を呈していれば、試験的にフロセミド(1~2mg/kg、BID、PO)を投与してみること。胸部X線検査で肺水腫が確認されたり、重度な臨床症状があれば、フロセミドを継続して使用するが、心不全徴候が抑制されれば、最低用量まで減薬し、投与回数も調整すること。単独では用いない。
ピモペンダンは、中程度に進行したうっ血性心不全から使用を開始する(0.1~0.3mg/kg、BID、PO)。陽性変力作用と血管拡張作用を期待できる。著しい左心室肥大や心収縮能の低下、フロセミドの投薬でも肺水腫が改善されないときには、ジゴキシンの追加投与を検討しましょう。ジゴキシンは心房細動、心拍数の制御、心房性期外収縮、上室性頻拍にも効果がありますが、できるだけ低用量(0.005mg/kg程度)を投与しましょう。
食事制限(処方食の給餌)と運動制限が必要です。左心房の拡大による気管支の圧迫による持続的な発咳には、鎮咳薬を投与することも考慮しましょう。

重度の急性うっ血性心不全
入院・ケージ内安静
酸素補給
フロセミド(非経口、高用量)
血管拡張薬
 :ACE阻害薬に加えて、ニトロプルシド(iv)、ヒドララジン・アミオダロン(po)
 もしくは局所にニトログリセリン軟膏塗布
必要に応じた不整脈治療
心筋不全が見られたら陽性変力作用薬(iv)
安定したらピモベンダン(po)
気管支拡張薬
大量の胸水が貯留していれば、胸腔穿刺

重度の肺水腫や、安静時の呼吸促拍があれば、緊急治療を行うこと。
高用量フロセミド(2~4mg/kg、iv)で利尿、酸素補給とケージレストを素早く行いましょう。ストレスをかけないことです。動物の状態が安定するまでは安静に。
血管拡張薬も必要です。ACE阻害薬は一時的に減量し、急いで血管を拡張させるためにニトロプルシドやヒドララジン、ニトログリセリン軟膏などを検討に入れておきます。
急性の呼吸困難が改善すれば、陽性変力作用薬による治療を行います。気管支拡張薬(ex. テオフィリン、アミノフィリン)も有効です。重度の胸水が確認されたら胸腔穿刺を行い、腹水が確認されたら除去するべき。

動物の状態が安定すれば、長期治療に移りましょう。フロセミドの投与量を最低用量に調整し、血管拡張薬をACE阻害薬に切り替えていきます。ヒドララジンを急性期に投与しているようであれば、ACE阻害薬は低用量(0.25mg/kg)から再開、ニトロプルシドの点滴後は通常用量で再開します。

頻発する心不全と治療に反応しない場合
フロセミド・ACE阻害薬・ピモベンダンの投与量を再確認

運動制限
全身性抗血圧、不整脈、貧血とその他の合併症を除外
腎機能や電解質異常のチェック
フロセミドの用量/頻度を増加
ACE阻害薬の用量/頻度を増加(1日2回投与へ)
スピロノラクトン・サイアザイド系利尿薬を追加もしくは増量
 (0.5~2mg/kg、SIDもしくはBID、po)
カルシウム拮抗薬の投与(0.05~0.3mg/kg、BID、po)
塩分摂取量のさらなる制限
頻拍性不整脈の管理

うっ血性心不全が治療に反応しなくなった場合、個々の症例に合わせて治療を変更していきいましょう。
肺水腫が再発する場合には、フロセミドを増量して数日間の安静を保つようにしましょう。ACE阻害薬も最高用量に増量し、1日1回から2回に増量してもよい。フロセミドに反応しない場合は、スピロノラクトンやサイアザイド系の利尿薬に反応することもある。特に、スピロノラクトンの抗アルドステロン作用が功を奏する場合がある。ACE阻害薬の投与に関わらずアルドステロンが分泌されている場合もあり、その効果も期待できるかも知れません。
うっ血性心不全の場合には、腎機能や電解質濃度にも注意を払っておく必要があります。異常が認められたら改善処置を施しましょう。

弁膜症(僧帽弁閉鎖不全、三尖弁閉鎖不全)によるうっ血性心不全の予後は様々ですが、定期検診と自宅での管理を徹底すれば、症状が現れてからでも数年間の生存は難しくありません。


 感染性心内膜炎

心内膜炎で一般的に同定される菌は、連鎖球菌、ブドウ球菌、大腸菌です。これらの菌が、何らかの原因で体内に入り込んで、何らかのきっかけで血流に乗り、主に僧帽弁や大動脈弁に感染する病気が感染性心内膜炎です。

心内膜炎の病変は、血流が滞留している部位の遠位側に起こります。例えば、大動脈弁下狭窄がある場合には大動脈弁の心室側、僧帽弁で血液の逆流がある場合には心房表面に、などです。細菌が凝集しやすい状態になるため、弁への細菌の付着が進む可能性も高くなります。微生物の集落化によって、弁の内皮が潰瘍状態になります。内皮の下のコラーゲンが露出されると、そこに血小板の凝集、フィブリンの蓄積、細菌の集積が起こり、疣(イボ)状の小塊ができます。進行すると、病変部は繊維化・石灰化がおこります。さらに、フィブリンが細菌の集落に蓄積するにつれて、抗菌薬が作用しにくくなり、免疫細胞からの攻撃も届かなくなってきます。
そうやって感染が進行しつつ、「イボ」も成長して、弁葉の穿孔、断裂など弁の変形を引き起こして弁の機能不全になってしまう。弁が機能不全に陥ると血液の逆流、心臓の容量負荷、つまりはうっ血性心不全へ進行していきます。心内膜炎では、僧帽弁と大動脈弁への感染が多いので、左心不全ですね。

心筋梗塞、冠状動脈血栓症が伴う心筋の損傷、心筋壁内への直接感染などで心機能が損なわれます。そうなると、心房性または心室性頻拍が発現することが多いです。大動脈弁近辺の病変では炎症が房室結節に達することがあり、房室ブロックを引き起こすこともあります。虚脱、発作、突然死も起こりえます。イボ状の病変の断片が血中に流れ込み、梗塞や感染を他の部位で起こす可能性もあります。

感染性心内膜炎の診断基準

感染性心内膜炎で見られる症状は、元気消失、体重減少、食欲不振、衰弱などですが、概ね、他のうっ血性心不全による臨床徴候と区別するのが非常に難しい症例です。特徴的な症状として、原因不明の発熱、が挙げられます。常に疑いを持って診察にあたっておくべき病気です。

診断基準
血液培養 陽性
心エコー検査での心内膜侵触所見

心室中隔欠損を持っている
動脈管開存症を持っている
チアノーゼ性心疾患を持っている
発熱
主要血管の塞栓
免疫介在性疾患(糸球体腎炎、血管炎、無菌性多発性関節炎)を持っている

診断基準はあるものの、感染性心内膜炎は確定診断を下すのが困難な病気です。ほぼ生きている間は無理かも知れません。血液培養で、頻回の検査で同定される菌が典型的な心内膜炎で検出される菌であり、心エコー検査で心臓内にイボ状小塊が確認できれば、感染性心内膜症と判断して構わないと思います。

  •  治療と予後
    •  フィブリンに浸透可能な殺菌性の抗菌薬の治療を積極的に行います。
    •  選択する抗菌薬は、培養・感受性試験に基づいて決定するのが理想です。
    •  が、結果が出るまで治療を遅らせることは得策ではなく、広域性抗菌薬を組み合わせて投薬を開始することが望ましい。
      •  アミノグリコシド系(ゲンタマイシンなど)かフルオロキノロン系(エンロフロキサシンなど)に、セフェム系(セファロスポリンなど)・ペニシリン系(ペニシリンやアンピシリン)を組み合わせて投与しておきます。
    •  投与は、最初の1週間は静脈内投与が望ましい。血中濃度を高く保つことが必要です。
    •  抗菌剤の投与は最低でも6週間。8週間程度の治療が望ましい。
    •  アミノグリコシド系抗生物質は1週間で止めること。
    •  うっ血性心不全や不整脈があるなら、その治療を行いましょう。(各項目を参照してください。)
    •  ステロイドは禁忌です。
    •  病気が長期にわたると予後は悪くなります。敗血症、全身性の血栓形成が起こる場合もあり、死因の一つとなります。不整脈や腎不全でも死亡することがあります。