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循環器系の疾患/心不全

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心不全

 心不全の治療

心不全の治療は、浮腫や体液貯留の管理、心拍出量の改善、心負荷の軽減、心筋機能の支持や併発する不整脈の改善です。これらの症状は、心疾患を起因とした神経ホルモンの活性化に伴う変化なので、神経ホルモンによるナトリウムと水分保持を改善すること、もしくは神経ホルモンの活性化を遮断することが治療方針となります。

ですから、体液貯留、うっ血徴候は利尿薬で、そして神経ホルモンの活性を遮断するのは、第1選択薬としてアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬が使われるわけです。なので、レニン・アンジオテンシン系のことはしっかり覚えておきましょう。

レニン・アンジオテンシン

レニンというのは、腎臓の傍糸球体装置から分泌されるホルモンで、血圧調整に重要な役割を果たしてます。レニンをきっかけにして、段階を経て、アンジオテンシノーゲンという物質が活性のあるアンジオテンシンⅡまで変換されるんですけど、それが強力な血管収縮作用を持ち、同時に副腎皮質からアルドステロンの分泌を促進、抗利尿ホルモン(バソプレッシン)の分泌も刺激します。

アルドステロンは、腎臓でナトリウムの再吸収を促進します。水分の再吸収も行って血管内用量が増加し、高血圧を引き起こします。パソプレッシンは、下垂体後葉から分泌されるホルモンですけど、血管を収縮させる働きがあり、腎臓の遠位ニューロンで水の再吸収を促します。

なんとなく、心不全で浮腫が生じてくる様子と、心不全にはACE阻害薬の効果的であること、がわかってきますね。

 心不全の重症度分類

心不全の重症度分類で、動物において最もよく用いられるのは国際小動物心臓病会議(ISACHC;International Small Animal Cardiac Health Council)による基準です。

分類重症度
 無症候性の動物
 Ⅰa心疾患の所見は認められるが、心拡大は認められない。
 Ⅰb心疾患の所見は認められ、代償所見(心拡大)が認められる。
軽度~中程度の心不全。安静時もしくは軽度の運動時に心不全の臨床徴候が認められ、生活の質(QOL;Quality of Lifeと言いますが)を障害している。
進行した心不全。うっ血性心不全の臨床徴候が明らかである。
 Ⅲa自宅療法が可能
 Ⅲb入院が推奨される
(心原性ショック、生命を脅かす水腫、多量の胸水貯留、難治性腹水)


 急性うっ血性心不全

急性かつ劇症のうっ血性心不全の特徴は、重度な肺水腫です。緊急処置での肺水腫の除去、呼吸の確保、心拍出量の管理が必要となります。
同時に、胸水や腹水が貯留することもあります。胸水の貯留が顕著な場合、胸腔穿刺を行いましょう。腹水が多量に溜まっていると、呼吸困難になりますので、腹水も除去します。
急性うっ血性心不全の場合、動物は極度のストレスを感じているので、安静にケージレスト、室温の管理をしっかり行いましょう。

急性うっ血性心不全の緊急治療で行うことは以下の通りです。

  •  動物へのストレスを最小限にすること
  •  ケージ内で安静に(活動制限)
  •  呼吸管理
    •  気道の確保
    •  酸素吸入
      •  高濃度の酸素(50%以上)は肺組織を損傷する恐れがあるので、長時間の使用は避けること
    •  泡沫が認められれば、気道の吸引
    •  呼吸がなければ、レスピレーターによる機械的換気
    •  胸水の疑いもしくは存在で、胸腔穿刺
  •  肺胞内の液体の除去
    •  利尿剤:フロセミド(ivまたはim)
      •  静脈内の投与(bolus)で、5分以内に効果が認められるはずです。2時間程度持続します。
      •  持続点滴が効果的であり、呼吸数が落ち着くまで行うのもよい。
    •  血管拡張薬:ニトロプルシド(持続点滴)もしくはニトログリセリン軟膏を皮膚に塗布。
      •  静脈血管(末梢で)の血液容量が増すことで、全身の動脈圧が下がって肺水腫を軽減させます。急性の心原性肺水腫には、ニトロプルシド・ニトログリセリンを適用しましょう。
  •  気管支収縮を最小限にする
    •  アミノフィリンの投与(ivもしくはim)
      •  重度の肺水腫・気管支収縮を起こしている症例では、気管支の拡張が必要
      •  利尿作用や陽性変力作用も持っているが、交感神経の活性を亢進させて不整脈が起きることがあるので注意が必要
  •  不安・ストレスの軽減
    •  ブトルファノール(筋注)
    •  アセプロマジン
    •  ジアゼパム
      •  軽度な鎮静で不安・ストレスを軽減させましょう。犬ではブトルファノール、猫にはブトルファノールとアセプロマジンを併用するのが第一選択です。
      •  モルヒネを使うこともありましょうが、モルヒネは取り扱いが大変なので、最近では使用頻度が低いと思います。
  •  後負荷の軽減
    •  『後負荷』とは、心臓が収縮を開始した直後にかかる負荷(力)です。心臓は大動脈の圧や肺動脈の圧に打ち勝って血液を拍出しなければならない、その力加減を言います。心不全では、心筋の収縮力が低下して、それを補うために交感神経系やレニン・アンジオテンシン系が活性化しましたよね。これが血管収縮と血液量の増加を起こすのですが、そのために後負荷が増大して、心臓にかかる負担も増大するということです。
    •  ヒドララジン(機序不明、細動脈拡張薬)
    •  エナラプリル(ACE阻害薬)
    •  アムロジピン(カルシウムチャネル拮抗薬)
      •  ニトログリセリンの代替として、上記血管拡張薬は有効です。作用の発現が遅かったり、作用が弱い場合も多いですが、継続的に効果が期待できますので、投与しておいていいかと。
  •  心筋不全の場合
    •  心臓を強く収縮させるためには、下記の強心剤を用いる。心筋の収縮性が低下している場合は、長期的な陽性変力作用による対処が必要です。
    •  ドブタミン/ドパミン(カテコールアミン)
      •  カテコールアミンはcAMPを介して細胞内カルシウムを増加させて収縮作用を発現します。
      •  半減期が短く、肝臓での代謝を強く受けるので、持続点滴で投与しましょう。
    •  ピモペンダン/ジゴキシン(経口投与)
      •  長期的な投与が必要となる場合に使います。慢性うっ血性心不全に使用する頻度の方が高いですね。
  •  モニタリング
    •  動物の外観・状態、呼吸数、心拍数・心調律、動脈圧、酸素飽和度、体重、尿量、血液検査など、可能な限り多くの情報を得られるようにする。
    •  利尿による低血圧や電解質の異常にも注意を払う。

処置により、ある程度、動物が落ち着き、呼吸が穏やかになれば、徐々に水を飲ませて水分を調整します。通常、持続的な点滴を行いますが、輸液量は可能な限り最低限の量に調整します。利尿薬を使って肺水腫を再発させないことが肝要です。

 慢性うっ血性心不全

うっ血性心不全が慢性化した状態では、薬の投薬量の調整、薬の追加や変更、さらには生活習慣の改善や食事制限などを適宜行っていくことが必要になってきます。治療の過程で胸水や多量の腹水が貯留することもあり、呼吸状態を改善するためにも利尿剤などでの排液が必要です。

心臓への負担を軽くするために、運動制限は必要です。激しい運動は、呼吸困難や重篤な不整脈を引き起こします。突発的な激しい運動は避けるべきですが、適度な運動量の規則正しい運動によって血管拡張作用が回復します。獣医師とよく相談して、過度な努力呼吸が生じない程度の運動を心掛けましょう。

以下、慢性うっ血性心不全での治療について記載しておきます。

 利尿薬

肺水腫、静脈のうっ帯、体液貯留を軽減させるため、利尿剤はうっ血性心不全の基本です。ループ利尿薬を第1選択として、サイアザイド系・カリウム保持性利尿薬を併用することもあります。利尿薬の過度な使用は、過度に血液循環を減少させるため、レニン・アンジオテンシン系を活性化させるので注意しましょう。また、脱水が起こらないよう最低用量で使用することを心掛けましょう。

  •  フロセミド
    •  ループ利尿薬です。ヘンレ係蹄の上行脚に作用して、クロール、カリウム、ナトリウムの能動的な共輸送を阻害して、これら電解質の排出を促進します。腎血流量を増加させて塩分排泄を促進します。
    •  慢性心不全では最低用量を使います。猫は犬よりも感受性が高いので、より注意を。
    •  腎機能の低下、神経ホルモンの活性を悪化させる可能性があるので、単独で用いない方がいいでしょう。
      •  投与量の目安 犬:1~3mg/kg、猫:1~2mg/kg
  •  スピロノラクトン
    •  カリウム保持性利尿薬です。抗アルドステロン作用があり、ナトリウムの再吸収を阻害し、カリウムの尿中排泄を抑制します。
    •  なので、高カリウム血症を併発している場合は用いません。
    •  アンジオテンシンⅡによるアルドステロン分泌作用を抑制してくれます。
      •  投与量の目安 犬:0.5~2mg/kg、猫:0.5~1mg/kg
  •  サイアザイド系利尿薬
    •  遠位尿細管におけるナトリウムとクロールの再吸収を阻害します。
    •  降圧剤としても使用されます。
    •  が、腎血流量を減少させるので、腎不全を併発している場合は用いません。

 血管拡張薬

細動脈並びに静脈を拡張させることで心不全を改善させます。
細動脈拡張薬では、細動脈の平滑筋を弛緩させて、全身血管抵抗を下げることで心臓からの駆出(後負荷でしたね)を軽減させます。静脈血管の拡張では、弛緩して広がった末梢の静脈の血管容量が増して、心臓の充満圧(全負荷ですね)を軽減させます。肺のうっ血を軽減させます。
注意点は、低血圧と反射性頻脈(baroreflex)です。低用量から慎重に投与しましょう。利尿薬は減薬することも考えます。

  •  アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬
    •  ほぼ全ての慢性心不全に対して第1選択薬になります。穏やかな利尿作用と優れた血管拡張作用があります。
    •  ACEを阻害して、アンジオテンシンⅡの生成を抑えます。結果として、細動脈と静脈血管の拡張作用を示します。
    •  アンジオテンシンⅡによって分泌が促進されるアルドステロンの分泌も阻害しますので、ナトリウムや水分の保持作用が軽減されて、浮腫・体液貯留も改善が見込まれます。
    •  ACE阻害薬の多くは、肝臓で活性型に変換されて効果を発揮するので、肝障害の犬や猫には効果が妨げられる可能性があります。この薬は血中濃度のピークが比較的遅く6時間前後の薬が多く、作用時間も24時間と長いのが特徴です。
      •  投与量の目安は、0.25~0.5mg/kg。1日1回の投薬で効果を期待できます。
  •  カルシウム拮抗薬
    •  血管平滑筋へのカルシウムの流入を阻害することで、血管拡張を引き起こす薬です。
    •  ACE阻害薬だけでは効果が低い動物には、ニトログリセリンと併用して用いることもあります。
      •  投与量の目安は、犬では初期で0.03mg/kg程度~0.3mg/kg、猫は0.3~0.6mg/kg。
  •  ニトログリセリン
    •  血管平滑筋における代謝による一酸化窒素(NO)を産生することで、血管拡張作用が発現します。
    •  経口投与での効果が不確かなので、軟膏を塗布して経皮吸収させます。

 陽性変力作用薬

拡張型心筋症や僧帽弁閉鎖不全の進行例に対して用います。血管拡張作用と心収縮力の増強が期待できる薬です。

  •  ピモベンダン(ベドメディン・ピモベハート)
    •  ベンズイミダゾール誘導体のホスホジエステラーゼⅢ阻害薬です。
    •  心不全の初期には用いないようにしましょう。ある程度病状が進行した症例に対して、既にフロセミド、ACE阻害薬を投薬している症例に追加で服用すると、多くの症例で改善が見られます。
      •  投与量は、0.1~0.3mg/kg。
  •  ジゴキシン・・・最近は使いませんね。教科書にはジギタリス中毒を含めて記載が多いですけど、臨床ベースでは使用頻度は減っています。

 食物療法

心不全では通常腎機能が損なわれます。そのためナトリウムと水分の排泄が悪くなりますので、食事としては塩分を控えめにすることを推奨します。何が塩分控えめの食事か、ということになりますが、迷ったら療法食にしておきましょう。塩分を控えすぎてもレニン・アンジオテンシン系が活性化されるので、要注意です。
食欲が低下している場合も多く、温めて風味を出すなど工夫をして与えてみましょう。どうしてもダメなら強制給餌です。心不全になると、心肺のエネルギー消費やストレスが増加しているため、カロリー要求量が増加しています。食事の管理は重要です。但し、重度の肥満の心疾患の動物には減量が効果的な場合があります。肥満の場合は、心臓の代謝要求量と血液循環量が増加します。その結果、心不全を増悪させることになります。

  •  タウリン
    •  猫において、必須の栄養素です。長期的な摂取不良は心筋不全の原因になります。
    •  拡張型心筋症の犬では、タウリンやL-カルニチンの欠乏が見られることがあります。ボクサーやドーベルマン・ピンシャーの拡張型心筋症では、L-カルニチンの欠乏が明らかです。

心不全の管理には飼い主の意識を高めることも必要です。検査来院も促すように、飼い主の心不全に対する認識を強くしてもらうことが必要です。
心臓の病気は、外見上に変化が見られないことが多いですが、突発的に症状が現れることがあり、飼い主は慌ててしまいます。そういう観点からも、病状の説明をしっかりしておくこと、インフォームドコンセントが必要でしょう。