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泌尿器系の疾患/尿路感染症

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尿路感染症

犬の尿路感染の原因菌は、大腸菌、ブドウ球菌、連鎖球菌、腸球菌、エンテロバクター属、プロテウス属、クレブシエラ属、緑膿菌などです。最も感染頻度の高いのは、大腸菌です。尿路感染症の多くは、腸や皮膚の細菌叢が、尿道から膀胱に上行して起こると考えられます。腸内細菌の多くは嫌気性菌で、尿は酸性ですから、偏性嫌気性菌の増殖を阻害します。なので、嫌気性菌による尿路感染症はあまりありません。

細菌は、尿路上皮に粘着するので、排尿中の尿に流されることがなく、排尿と排尿の間に増殖します。そうして、生殖器への細菌の定着、尿道に沿った細菌の上行、尿路上皮への細菌の粘着が起こります。細菌が持つ線毛が、尿路上皮への粘着を容易にしてます。グラム陰性菌に多く認められます。
細菌の病原性を高める因子に、被膜K抗原とO抗原(内毒素)があります。被膜K抗原は、オプソニン化、貪食作用を阻害します。O抗原は、平滑筋の収縮を抑制します。尿管の蠕動運動を停止させて、細菌の膀胱から腎臓への上行が促進されます。

大腸菌のコリシン、ヘモリシン、βラクタマーゼ産生能、ズルシトール発酵能が、犬では比較的高いのが、尿路感染の原因ともなります。コリシンは血管透過性を亢進して、ヘモリシンは損傷組織への侵襲性を強化、βラクタマーゼはβラクタム系抗生物質に対する耐性を獲得し易くし、ズルシトール発酵は貪食作用に抵抗性を持つことで、感染が起こりやすくなります。
大腸菌の細胞壁欠損細菌変異株は、腎髄質や尿などの高張性環境下でも増殖できるので、白血球の遊走や貪食作用が阻害されてしまいます。
抗菌薬に対する細菌の耐性獲得は、固有の細菌の耐性能、突然変異・選抜、耐性因子(R因子)の導入で起こります。

マイコプラズマによる感染も、たまーに、見られます。マイコプラズマ性膀胱炎の症状は、血尿、頻尿、有痛性排尿、失禁、多飲多尿、発熱などです。

 防御機構

感染の防御機構の異常も、尿路感染に影響を及ぼします。
正常は排尿は、自然な防御機構です。非粘着性の細菌なら、通常の排尿でほとんどが除去されます。尿道の洗浄は、尿量と排尿回数が増加するほど、有効です。つまり、排尿回数や排尿量を減少させる疾患、残存尿量を増やす疾患は、尿路感染症を起こしやすくなります。犬や猫の、排尿後の膀胱残存尿量は、およそ0.2~0.4mL/kg以下です。

正常な状態では、尿道の中央部から遠位部(出口)に向かうに従って、細菌の数は増加します。尿道中央部では、高圧帯と自発的な尿道収縮があって、それが細菌の上行を妨げています。雄は、尿道が長いこと、前立腺分泌物が亜鉛を含んでいて殺菌力があるので、尿路感染は起こりにくい特徴があります。膀胱尿管接合部は、弁状構造があって、それが細菌の腎臓への上行を防いでいます。

外陰部や包皮に定着している非病原性細菌叢も、尿路病原菌の定着を抑制する働きがあります。正常細菌叢は、尿路病原性菌の代謝を阻害するバクテリオシンを産生して、尿路病原性菌に必要な栄養素に高い親和性を持っています。粘膜分泌物も、尿路病原菌の上皮細胞への粘着を防いでいます。さらに、免疫グロブリンが病原性菌を覆いますし、グリコサミノグリカン(ムコ多糖類)も上皮に防御障壁を形成して、細菌の粘着を防いでいます。

尿の抗菌特性も、重要な防御機構です。濃縮された尿は、pHが低く、尿素と弱有機酸の濃度が高いので、細菌の増殖を抑制します。猫は、尿の濃縮能が高いので、猫に細菌性尿路感染症が少ない一因でもあります。
多飲・多尿で産生される希釈尿は、高張尿に比べて抗菌作用が弱いので、感染リスクが高くなります。

 感染様式

ごく単純な尿路感染は、防御機構に異常がなくても起こりうるのですが、通常、抗菌薬の投与で速やかに消失します。正常な排尿が障害されたり、解剖学的な異常を持つ場合、粘膜障壁の損傷、尿量や尿成分の変化、全身性に免疫力の低下を示す場合などは、抗菌薬療法では除去でないことが多く、治療中も持続して症状が出ていたり、再発を繰り返したりします。

排尿異常は、尿路感染症を併発することが多いのが特徴です。尿の貯留、残尿量が多いこと、は尿路内での細菌増殖の機会を与えてしまいます。尿が貯留すると、膀胱が拡張しますが、そのため壁内の血管が圧迫され、膀胱内腔に遊走する白血球が減少して、他の抗菌性因子の量も低下します。
尿道括約筋の緊張が低下して尿失禁が起こると、上行性尿路感染が起こりやすくなります。粘膜障壁の損傷(移行上皮癌など)でも、複雑な尿路感染が起こります。

膀胱のカテーテルを挿入すると、感染の機会を増やしてしまいますので、その後の処置をしっかりしておきましょう。カテーテルを深く挿入しすぎて膀胱粘膜を損傷させると、さらに感染の危険が増します。尿石症、腫瘍、尿膜管遺残、慢性炎症による膀胱壁の肥厚が発生していると、カテーテルの挿入時に、粘膜障壁を傷つける恐れがありますので、感染が起こりやすくなります。

尿量の低下で、尿路感染の危険が高まる場合もあります。尿量の減少で尿が濃縮すると、抗菌特性は高くなりますが、尿量の減少で細菌の排泄される機会が減って、細菌の増殖が起こりやすくなります。
尿組成が変わっても、細菌の増殖が起こりやすくなります。組成が変わるのは、刺激物質の服用や尿糖による場合、その他、基礎疾患による場合もあります。腎不全や副腎皮質機能亢進症、長期ステロイド療法、腫瘍、糖尿病など、全身性の疾患がそのリスクとなります。特に副腎皮質機能亢進症や糖尿病の犬で、尿路感染が起こりやすいのですが、それは、糖尿による細菌増殖の促進、多飲多尿による尿濃度の低下、糖尿に伴う好中球の走化性の低下、反応炎症の抑制、高コルチゾル血症による排尿筋の衰弱がもたらす尿の貯留が原因と考えられます。

 再発と再感染

一度治まった尿路感染が、また認められた場合、再発したのか、再感染したのか、を考えておいた方がいいでしょう。
再発というのは、同じ種類の細菌で起こる感染のことで、抗菌薬の投与を中止したら、すぐに認められるようになります。これは、完全に細菌の除去が出来ていないためです。効き目の悪い抗菌薬を使っていた、投与量を間違っていた、薬剤耐性菌の出現、防御機構が変化させられたり、尿石中の細菌が除去できていなかった、などの理由が考えられます。初期感染時よりも、強い抗菌薬耐性が現れてしまうことが多いです。

雄犬の再発には、前立腺の慢性感染から起こることもあります。血液-前立腺関門があって、抗菌薬が前立腺に到達するには、pKaがアルカリ性から中性の脂溶性でなければなりません。前立腺の感染を疑うなら、フルオロキノロン、トリメトプリムとサルファ剤の合剤(ST合剤)、クロラムフェニコールなどを使う方がいいでしょう。

一度完治しても、再感染で認められる場合があります。別の細菌が尿路に感染するのが、再感染です。最初の所見が治まってから、2週間以上が経過していたら、再感染と考えていいと思います。防御機能を変化させる要因が、除去されていないことが原因と考えられます。検査時のカテーテル挿入が原因となったり、免疫不全を疑うことが必要なこともあります。

症状

  •  頻尿、有痛性排尿困難、排尿障害、血尿がみられます。
  •  尿沈渣では、細菌尿、血尿、膿尿、移行上皮細胞の増加があります。
  •  蛋白尿やアルカリ尿が顕著な場合が多いのも特徴です。

低張尿や等張尿では、沈渣の鏡検下でも、細菌の存在が認められないこともあります。できれば、尿の細菌培養をして、細菌の存在と種類を同定しておきましょう。検査に供する尿は、膀胱穿刺によって採尿します。遠位尿道、包皮、外陰部の常在菌が混じると、検査結果を評価しにくくなりますので。

下部尿路感染と、上部尿路疾患を区別するのは難しいのですが、腎盂腎炎は、長期間の抗菌薬療法とモニタリングが必要になりますので、できるだけ鑑別を行いましょう。急性細菌性腎盂腎炎や前立腺炎は、嗜眠、食欲不振、発熱、白血球増加症などの全身症状が認められることがあります。尿路感染では、みられません。その他、高窒素血症や尿濃縮能の喪失、多飲多尿、尿沈渣に円柱上皮白血球円柱の存在が認められれば、腎盂腎炎を疑いましょう。

治療

先ずは、尿路感染の素因となる防御機構の不全や疾患を見つけて、治療していくことが重要です。糖尿病、副腎皮質機能亢進症、慢性腎不全、尿石症、尿膜管遺残、外陰部周囲の過剰な皮膚の皺や膿皮症、尿失禁などが、検出すべき疾患です。

治療に先立って、絶対に尿検査をします。培養もしましょう。抗菌薬療法で治療します。尿路感染症の治療は、犬や猫の感染防御機構の状態が、治療結果を評価する最も重要な因子です。感染防御機構が尿路の病原性菌の増殖を防止できるようになって、初めて、治療は終了します。

複雑な尿路感染を呈している場合には、感受性試験をしておくべきです。単純な感染と診断できるなら、広域スペクトルの抗生剤を使いながら治療を開始していいと思います。感受性試験の結果を用いるのが一番いいのですが、目安として、細菌に対する効果的な抗生剤を記載しておきます。経験的なところでは、エンロフロキサシンが尿路感染にはよく効きます。幼犬には用いませんが。

大腸菌

ST合剤
エンロフロキサシン
ブドウ球菌アモキシシリン
連鎖球菌アモキシシリン
プロテウス属アモキシシリン
エンテロバクター属

ST合剤
エンロフロキサシン
クレブシエラ属

セファロスポリン
エンロフロキサシン
緑膿菌テトラサイクリン
グラム陽性菌

アンピシリン
アモキシシリン
グラム陰性菌

ST合剤
エンロフロキサシン

治療期間は、症例によって異なりますが、比較的長期間の治療を覚悟しておきましょう。臨床症状の消失、尿沈渣異常所見の消失、尿培養結果で判断していきますが、一般的に、単純な尿路感染でも2週間、複雑な疾患では4週間は最低でも投薬を続けましょう。抗菌薬の効果は、3~5日程度で出るものの、前立腺や尿結石に隠れている細菌による再発が起こりやすいので、途中で投薬を辞めないよう、しっかりと管理しておきましょう。

尿路感染症の治療手順
病歴、尿沈渣、できれば尿の培養と感受性試験を行って診断
  ↓
抗菌薬の選択
  ↓
3~5日後に尿を再培養。
選択した抗菌薬の有効性を確認する
  ↓
抗菌薬の投薬終了3~4日前に尿沈渣を調べる
投薬終了10~14日後にも、尿検査と培養を実施
  ↓
再発性の尿路感染は、X線造影検査、エコー検査、血液検査を行って、根底にある素因の有無を調べる
  ↓
頻繁な再感染には、治療後に、予防量の抗生剤を継続投与

治療の反応が認められない理由は、色々とあります。再発性の尿路感染症とともに、必ず尿の培養と感受性試験を行った上で、原因をしっかり追究しましょう。免疫系の異常かもしれませんし、解剖学的な異常、膀胱の粘膜病変や尿石症が原因となっていることもあります。前立腺炎の有無も調べましょう。特に、去勢をしていない犬は、要注意です。既に述べましたが、腎盂自然との鑑別は重要です。再発性尿路感染症の尿沈渣で、白血球も赤血球も認められない症例では、副腎皮質機能亢進症を疑ってみます。

尿路感染がこじれてる症例は、根底にある防御機構の異常を是正してやることが最も重要な治療になります。原因がわからない、除去できないと、再発や再感染を繰り返します。このような症例に対しては、就寝前の低用量抗菌薬の投与を試みてみましょう。夜間に膀胱内に抗菌薬が滞留して、防御機構を補うことができます。但し、低用量で長期の抗生剤の服用は、耐性菌が発現しやすいので、注意を要します。その他、長期の抗生剤の投与は、副作用を考えておきましょう。ST合剤による乾性角結膜炎や葉酸欠乏症、アミノグリコシドによる腎毒性などが問題になります。

尿のpHを、酸性に傾けるのは、補助的に効果が期待できます。酸性尿は、細菌増殖に適さない環境です。ストラバイト尿石症の犬なら、食事で尿が酸性になります。再発の多い犬には、予防的に療法食を与えるのもいいかも知れません。