役に立つ動物の病気の情報 | 獣医・獣医学・獣医内科学など

泌尿器系の疾患/糸球体腎症

Top / 泌尿器系の疾患 / 糸球体腎症

糸球体腎症(ネフローゼ症候群)

犬や猫の糸球体腎症は、ほとんどが免疫学的な機序で発生します。糸球体毛細血管壁に、免疫複合体が存在することで、糸球体の障害と蛋白尿がみられます。循環中の可溶性抗原抗体複合体が、糸球体に沈着・捕捉されるということです。これが、既存の免疫複合体が糸球体に沈着して、糸球体に障害を与える場合です。
一方で、糸球体毛細血管壁周辺において、免疫複合体が形成されて糸球体に沈着することもあります。循環抗体が、内因性の糸球体抗原や糸球体毛細血管壁に結合した非糸球体性の外来抗原と結合して、免疫複合体を形成します。この非糸球体性抗原は、糸球体毛細血管壁に対する電荷の相互作用や生化学的な親和性によって糸球体毛細血管壁に沈着・捕捉されると考えられます。これには、フィラリア症に関連した免疫複合体があります。

犬や猫の自然発症の糸球体腎炎には、いくつかの感染性・炎症疾患が免疫介在性糸球体疾患と関連していますが、内因性糸球体基底膜物質に対する直接的な自己抗体は確認されていません。免疫学的手法を使えば、糸球体内の内因性免疫グロブリンや補体の存在を証明できるのですが、ほとんどの症例で、元となる抗原や基礎疾患が同定されることもありません。でも、免疫疾患です。

糸球体腎炎として、『炎症』という表現を使ってますけど、免疫複合体の発現に関連する糸球体病変で、好中球の浸潤を伴う炎症所見ってのは、ほぼみられません。

糸球体腎炎と関連する疾患

 
感染性









犬アデノウイルスⅠ型
細菌性心内膜炎
ブルセラ
フィラリア
エールリヒア
リーシュマニア
子宮蓄膿症
ライム病
慢性細菌感染
敗血症
猫白血病ウイルス
猫免疫不全ウイルス
猫伝染性腹膜炎
マイコプラズマ性多発性関節炎
慢性細菌感染





腫瘍  
炎症性





膵炎
全身性エリテマトーデス
  他の免疫介在性疾患
前立腺炎
肝炎
炎症性腸疾患
膵炎
全身性エリテマトーデス
  他の免疫介在性疾患
慢性皮膚疾患


その他



副腎皮質機能亢進症
特発性
家族性
糖尿病
特発性
家族性
糖尿病

糸球体は、炎症性サイトカイン、血管作動性物質、成長因子、細胞外基質蛋白などの生理活性物質や、組織損傷を引き起こす蛋白分解酵素などの産生を促す組織障害性免疫複合体に対する特有の環境を提供しています。これらの物質は、免疫介在性病変に隣接する内在性糸球体細胞、血小板、マクロファージ、好中球によって産生されると考えられています。

例として、レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系は、腎臓の血行動態、炎症や線維化に影響を与えます。血行動態への影響というのは、糸球体輸出細動脈における血管収縮作用で、糸球体内の高血圧が引き起こされます。この糸球体の毛細血管圧の上昇によって、糸球体毛細血管壁の損傷部位からアルブミンの流出が助長されます。アンジオテンシンやアルドステロンは、炎症反応にも働きかけて、糸球体細胞の増生と線維化を促進します。さらに、アルドステロンは、線溶系の強力な阻害因子なので、プラスミノーゲン活性化因子阻害因子1(PAI-1)の放出を促して、糸球体血栓症を持続させてしまうこともあります。

レニン・アンジオテンシン系だけでなく、補体系の活性化、血小板凝集、凝固系の促進、フィブリン沈着などの因子も糸球体に傷害を与えます。血小板の活性化と凝集は、血管内皮細胞の障害、抗原と抗体の相互作用で起こります。血小板は、血管作動性物質や炎症性物質を放出して、さらに凝固亢進を促進して、糸球体の損傷を悪化させます。この組織傷害に反応して、細胞の増殖や糸球体基底膜の肥厚が起きて、さらに損傷が続くと、血小板が成長刺激因子を放出させることで血管内皮細胞の増生を促しますので、硝子化や硬化が起こります。
基礎疾患が同定できない場合は、この免疫複合体が糸球体に与える反応を減弱させることを期待した治療を行います。上記の例では、ACE阻害薬や抗血小板薬の投与を行うことになります。

糸球体が、糸球体腎炎によって不可逆的な損傷を受けると、ネフロン全体が機能しなくなります。多くのネフロンが侵されると、糸球体濾過量が減少します。残っているネフロンは、代償性に、個々の糸球体濾過率を増大させます(過濾過)。ここに全身性の高血圧症が伴うと、蛋白尿がメサンギウム細胞を傷害して糸球体の硝子化と硬化を促進してしまいます。そうなると、原疾患と無関係に不可逆的なネフロンの喪失が進行します。

アミロイド症も、慢性腎臓病を起こす進行性の疾患です。アミロイド症は、特異的なβ構造を持つ非分岐性原線維性蛋白の細胞外沈着が、その特徴です。アミロイド症は、潜在的な炎症性疾患や腫瘍性疾患に関連しているようですが、犬や猫での発生原因は特定できてません。組織の障害に反応して、マクロファージが放出するサイトカイン(インターロイキンや腫瘍壊死因子[TNF])が肝細胞を刺激して、アミロイドが産生され、蓄積されます。腎臓だけでなく、他の臓器にも沈着する全身性のアミロイド症を発症します。

 症状

軽度の蛋白尿では、症状が認められないことがほとんどです。認められても、軽度な体重減少や嗜眠傾向ぐらいです。アルブミン濃度が、1.5g/dL以下となるような重度の蛋白尿の場合は、浮腫や腹水を生じる可能性があります。
糸球体病変の進行で、ネフロンの75%以上が喪失されると、慢性腎臓病の末期であり、多飲多尿、食欲不振、悪心、嘔吐、目立った体重減少を呈します。

飼い主が病院に連れてくる理由が、基礎疾患となる感染症や炎症性疾患、腫瘍性疾患であったりします。時には、肺血栓塞栓症による急性の呼吸困難や重度のパンティング、動脈血栓塞栓症による跛行で来院されることもあります。

蛋白尿が続くと、ネフローゼ症候群を引き起こす可能性があります。ネフローゼ症候群になると、蛋白尿、低アルブミン血症に加えて、腹水や浮腫、高コレステロール血症がみられます。血漿膠質浸透圧の低下に加えて、アルドステロンの活性が上昇して水分保持が働き、腹水や浮腫の原因になります。高コレステロール血症は、蛋白およびリポ蛋白の異化減少と、肝臓での蛋白合成増加によるものと推測されます。コレステロールを含むリポ蛋白というのは、分子量が大きいので、損傷を受けた毛細血管壁からの喪失は、それほどでもありません。そのため、コレステロールの蓄積が起こります。

合併症
ネフローゼ症候群に加えて、全身性高血圧症と凝固亢進が高い確率でみられます。
全身性高血圧症の発症機序は、レニン・アンジオテンシン系の活性化と、腎臓からの血管拡張物質の産生低下と考えられます。基礎疾患ではなく、腎疾患の続発症ということになります。全身性高血圧症は、免疫介在性糸球体腎炎、糸球体硬化症、アミロイド症と関連性が高くて、糸球体の疾患を持つ犬の多くに高血圧がみられます。全身性高血圧の結果として、網膜での出血・剥離・乳頭浮腫が起こることもあって、眼が見えていないという主訴で来院されることもあります。

全身性の高血圧は、糸球体毛細血管内にも影響を及ぼして、糸球体内の高血圧ももたらします。血管内圧が上がると、毛細血管壁からの蛋白喪失を増悪させて、その際、血管壁に組織傷害を与えるので、余計に蛋白喪失が促されます。血圧を制御すれば、糸球体疾患の進行を遅らせることが出来る可能性があるので、腎疾患を疑った症例に対しては、同時に血圧も測定しておきたいところです。

凝固亢進は、血小板の増加と過剰反応で起こります。低アルブミン血症の程度に比例して、血小板の粘着と凝集が亢進します。アンチトロンビン(AT)が尿中に漏出してしまうことも原因の一つです。ATの働きは、セリンプロテアーゼ(凝固因子Ⅱ・Ⅸ・Ⅹ・XI・XII)の阻害、トロンビンとフィブリン形成の調節ですので、ATの喪失は凝固亢進をもたらします。さらに、アルドステロンが、PAI-1を放出して線溶系に異常を来たすので、血液凝固が亢進します。血液が凝固すると、肺血栓塞栓症を併発することが多いので、呼吸困難、低酸素症を示します。肺血栓塞栓症の治療は困難ですから、ネフローゼ症候群を疑ったら、血栓形成を早い時期から予防しましょう。

蛋白尿自体も、糸球体や尿細管間質を損傷するので、ネフロンの喪失が進行する原因となります。糸球体毛細血管壁を通過した血漿中の蛋白は、糸球体毛細血管網に蓄積してしまい、メサンギウム細胞の増殖を促進してメサンギウム基質の産生を増大させて、糸球体の硝子化と硬化を起こります。糸球体濾過液中の過剰な蛋白は、尿細管上皮細胞に傷害を与えますから、尿細管間質の炎症、線維化、細胞死を引き起こします。この尿細管間質の病変には、尿細管細胞のリソソームの傷害や破壊、過酸化反応による障害、免疫介在性障害、成長因子、サイトカイン、血管作動性物質の産生増加、尿細管細胞のコラーゲン生成能を有する筋上皮細胞への転換など、複雑な機序が関与しているようです。

蛋白尿は、慢性腎臓病の指標(尿蛋白/クレアチニン比など)であるとともに、進行性に腎臓に傷害を与える物質でもあるので、蛋白尿の軽減は重要な治療にもなります。

糸球体腎症の病態

病態症状臨床病理学的所見
軽度な蛋白尿

嗜眠・軽度な体重減少
筋肉量の減少
血清アルブミン 1.5~3.0g/dL

高度な蛋白尿

重度の筋の衰弱

血清アルブミン <1.5g.dL
高コレステロール血症
腎不全


抑うつ・食欲不振・体重減少
悪心・嘔吐・多飲多尿

高窒素血症・高リン血症
等張尿もしくは軽度濃縮尿
非再生性貧血
肺血栓塞栓症


急性呼吸困難
重度のパンティング

低酸素血症
フィブリノーゲン >300mg/dL
アンチトロンビン <正常の70%
網膜出血・剥離急性の失明高血圧


 治療

尿沈渣が正常(硝子円柱が認められる程度)で、持続的で重度の尿蛋白が、糸球体腎症の指標です。多くは、免疫複合体が糸球体腎炎を引き起こすので、初期治療は、①原因となる抗原の特定と排除、を行い、②免疫複合体に対する糸球体反応の軽減、をします。

糸球体腎炎の治療手順
1. 基礎疾患の特定と排除
2. 免疫抑制療法(犬では実施しない)
   シクロスポリン 15mg/kg、経口、1日1回処方(犬に実施するなら...)
   プレドニゾロン 1~2mg/kg、経口、1日1回処方(猫のみ)
3. 抗炎症・抗凝固亢進療法
   アスピリン 0.5~5mg/kg、経口、1日2回処方(犬)
   猫では2日に1回の投与を行うが、毒性が強いので低用量で注意して処方を。
4. 支持療法
   ナトリウム制限食、高品質低蛋白食
   ACE阻害薬 (0.5mg/kg、経口、1日1回投与) ←高血圧に対して
   フロセミド (必要に応じて投与。2mg/kg、経口、1日2回) ←腹水と浮腫

抗原刺激の元を排除することは、糸球体腎炎の最も効果的な治療法です。基礎疾患がわかっていれば、症状は改善して消失すると思います。ただ、多くは抗原の由来や基礎疾患は特定できず、特定できても排除できません(腫瘍など)。

糸球体腎炎は、免疫疾患と考えられるので、免疫抑制療法が推奨されてもいいはずなんですが、免疫抑制剤による効果は、全くと言っていいほどありません(特に、犬)。原因が、全身性エリテマトーデスである、ということなら、ステロイド治療は可能ですが、基本的に、糸球体腎炎の罹患犬には、ステロイドは使わないようにしましょう。

基礎疾患が不明、治療不可、免疫抑制療法が不適切、となると、②免疫複合体に対する糸球体反応の軽減、を行うわけですが、血小板が免疫複合体に対する糸球体の反応に重要な役割を担っているので、アスピリンの投与を行うことがあります。アスピリンは、非特異的シクロオキシゲナーゼ(COX)阻害薬なので、糸球体の炎症や血小板凝集(プロスタサイクリン産生による効果)に用いるには、薬用量には細心の注意は払いましょう。極めて低用量のアスピリン(0.5mg/kg)なら、血管拡張作用や血小板凝集抑制作用を阻止することなく、選択的に血小板のCOXを阻害します。

アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)は、蛋白尿を軽減させて、病状の進行を遅らせます。蛋白尿に加えて、腎排泄機能も改善することが期待できて、生存期間の延長も認められるようです。アンジオテンシンやアルドステロンの産生低下は、結果的に、腎臓の線維化を軽減します。さらに、糸球体毛細血管壁の透過性を変化させて、糸球体硬化症の原因となりうる糸球体メサンギウム細胞の成長と増殖を遅らせます。全身性の高血圧も改善しますし、浮腫や腹水、血栓塞栓症の危険性も低下させますから、ACE阻害薬は、蛋白尿と高血圧を呈する糸球体腎炎の第1選択薬として推奨されます。ACE阻害薬が高血圧に反応しないなら、カルシウムチャンネル遮断薬を追加投与しましょう。

ケージレストと食事中のナトリウム量を制限しましょう。支持療法は、糸球体腎炎の管理に非常に重要です。ナトリウム制限食は、浮腫や腹水を有する症例の初期治療として考慮しなくてはなりません。低蛋白食は、尿蛋白が軽減されます。
利尿薬は、呼吸困難がみられるまでは投与しないようにしましょう。脱水や急性腎不全を引き起こす可能性があります。

アミロイド症の治療でも原因となりうる炎症を特定して治療することが第1です。アミロイドの沈着は、非可逆的な変化なので、予防することが必要です。痛風の薬であるコルヒチンに効果があるようです。予防的治療の推奨投与量は、0.025mg/kg(po、1日1回)です。副作用に骨髄毒性があるので、気をつけましょう。


 予後

治療中は、尿蛋白/クレアチニン比は、モニタリングしておきましょう。特に、免疫抑制療法を行っているなら、糸球体病変と蛋白尿が増悪することがありますので、しっかり見ておきましょう。増悪すれば、治療法を変更します。

BUNとクレアチニンのモニタリングも欠かさずに行うことが重要です。糸球体濾過率がナトリウムの貯留や循環血液量の増加に依存している症例では、ACE阻害薬で腎排泄機能を低下させることもあります。

予後は、様々ですが、機能障害の重症度、治療への反応によって異なります。血液検査でのBUNやクレアチニンの数値の悪さと症状・予後が比例しないのが普通です。糸球体腎症は、進行性ですが、療法食、ACE阻害薬の投与、低用量アスピリン投与を行うと、尿蛋白の減少、BUN・クレアチニン値の低下、アルブミン濃度とAT値の増加が認められる可能性があります。そうなると、予後は良好です。

アミロイド症は、重度の蛋白尿を引き起こして進行していきますが、最終的には慢性腎臓病や尿毒症に陥ることが多い疾患です。有効な治療法もなく、予後はあまりよくありません。