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神経系の疾患/末梢神経系の疾患

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末梢神経系の疾患

神経筋接合部では、神経終末に達した神経シグナルによって、シナプス間隔にアセチルコリン(ACh)が放出されます。AChは、シナプス後膜でACh受容体と結合して、筋収縮を導く立体構造の変化とイオン流動が誘発されます。神経終末からのACh放出を阻害する前シナプス神経筋接合部の疾患は、脱力、反射減退、末梢神経疾患と類似の全身的LMN症状を呈します。重症筋無力症は、神経筋接合部での神経筋伝達部分的機能不全で、発生するシナプス後膜の疾患で、脊髄反射は正常なまま脱力を呈します。

限局性神経疾患

 外傷性神経症

外傷性神経症(外傷性ニューロパチー)は、よく認められます。神経の機械的な打撃、骨折、圧迫、伸展、裂傷、外来病原因子が神経とその近傍へ侵入して生じます。個々の末梢神経や神経叢が侵される。外傷性の橈骨神経麻痺、腕神経叢全域に及ぶ剥離、坐骨神経の損傷が認められます。

末梢神経の損傷と思われる疾患で来院した場合、皮膚知覚と運動機能を評価して障害部位を決定します。所見を経時的に記録して、回復具合の評価も行います。神経の再生能は、神経の損傷部位周辺に残った結合組織構造との連続性がどれぐらい残っているか、で変わります。足場となる結合組織が残っていれば、1日に1~4mmの早さで軸索の再生が起こります。神経末端が重度に損傷している場合、外科的に整復して吻合させると、再生能が高まります。神経の損傷部位と支配する筋が近ければ近いほど、回復の可能性が高くなります。

水泳や温熱療法、マッサージなどで、筋の萎縮や腱の硬化が遅延しますので、不完全損傷の症例では、早期回復が誘起されます。感覚神経の再生による感覚異常は7~10日間程度、持続するために、自傷行為を起こすことがあります。1ヶ月以上、運動機能が回復しない場合は、これまでは断脚や関節固定手術をしていましたが、もしかしたら幹細胞療法で何とかなるかも知れません。

外傷性神経症

損傷部位運動異常感覚消失領域影響を受ける筋肉
腕神経叢の損傷
 末梢橈骨神経の
 障害


手根と肢端の伸展不全
背側の掌や前肢を持ち上げた歩き方

頭側と外側の前肢
背側の前肢甲部


橈側手根伸筋
尺骨外側の筋
伸筋群
腕神経叢裂離
 肩甲上神経
 (C5・C6・C7)
 液窩神経
 (C6・C7・C8)
 筋皮神経
 (C6・C7・C8)
 橈骨神経
 (C7・C8・
    T1・T2)

 正中神経
 (C8・T1・T2)
 尺骨神経
 (C8・T1・T2)

肩の伸展不全
 肩甲棘上の筋萎縮
肩の屈曲低下
 三角筋の萎縮
肘の屈曲低下

肘・手根・肢端の
 伸展低下
 体重支持不能

手根と肢端の屈曲低下

手根と肢端の屈曲低下


なし

上腕と肩甲部上の
 外側上腕筋
前腕内側面

前腕と前肢つま先の
 頭側と外側
 (第5趾除く)

なし

肘から遠位の
 前腕尾側・第5趾

棘上筋・棘下筋

三角筋・大円筋
 小円筋・肩甲下筋
上腕二頭筋
 上腕筋・烏口腕筋
上腕三頭筋
 橈側手根伸筋
 外側尺側筋
 指伸筋
橈側手根屈筋
 肢屈曲筋
尺骨手根屈筋
 深指屈筋
腰仙髄神経叢の損傷
 大腿神経の損傷
 (L4・L5・L6)


 閉鎖神経
 (L4・L5・L6)
 坐骨神経麻痺
 (L6・L7・
    S1・S2)







 脛骨枝
 (L7・S1・S2)
 腓骨枝
 (L6・L7・
    S1・S2)
 頭側と尾側の
 臀部神経
 (L7・S1・S2)

膝の伸展不能
 体重保持不能
 大腿四頭筋の萎縮
 膝蓋腱反射の消失
股関節での後肢外転

股関節の伸展と屈曲低下
 膝の屈曲不能
 踵関節の屈曲
 踵関節の伸展消失
 蹠行歩行
 後肢のナックリング
 屈曲反射の消失
 頭側と脛骨部側の
  半膜様筋と半腱様筋
  の萎縮
蹠行姿勢

ナックリング
 前脛骨筋反射消失
 弱い踵の屈曲
股関節屈曲低下
 負重時の膝関節外転
 への回転

後肢内側面
(趾から大腿まで)


なし

内側面を除く
 膝より遠位の
 全領域







足の裏
 膝から遠位の後肢
後肢の頭側と外側
 (膝より遠位)

なし



腸腰筋
 大腿四頭筋
 縫工筋

外閉鎖筋・恥骨筋
 外転筋
大腿二頭筋
 半膜様筋
 半腱様筋







腓腹筋・膝窩筋
 指屈筋
長腓骨筋・指伸筋
 前腓骨筋

表層・内側・
  深部の臀筋
 大腿筋膜張筋

 末梢神経鞘腫

神経鞘腫瘍は、末梢神経や神経根の軸索周囲の細胞から発生します。こられの腫瘍は、分裂指数が高くて、浸潤性が強い未分化腫瘍なので、細胞の由来に関係なく悪性末梢神経鞘腫として分類します。腫瘍が腕神経叢を侵した場合、跛行や神経症(ニューロバチー)の原因となります。リンパ腫も神経根や末梢神経を侵すことがあります。

犬の末梢神経鞘腫では、主に頸髄の尾側(C6-C8)や前胸髄(T2-T2)の腕神経叢の神経根が侵されて、跛行や筋萎縮、疼痛、罹患側の肢の挙上(神経根徴候)が引き起こされます。三叉神経鞘腫では、罹患した側の側頭筋と咬筋の萎縮が誘起されます。これらの腫瘍は潜行性で、筋骨格系の損傷や椎間板疾患によって生じる神経根圧迫による跛行と区別することは困難です。

腫瘍が進行するにつれて末梢神経は破壊されて、筋の萎縮、脱力、反射喪失が起こります。T1-T3神経根を巻き込む腫瘍では、交感神経が障害されるので、罹患側にホルネル症候群を生じることもあります。C8-T1腹根が障害を受けたら、罹患側の皮筋反射が消失します。

脊柱管から発生して末梢性に拡大した腫瘍や、腕神経叢に発生して脊柱管内で近位に進行した腫瘍では、腫瘍が拡大するにつれて罹患側の肢の上位運動ニューロン(UMN)の機能喪失が引き起こされます。但し、脊髄への浸潤がなければ、顕在化することはありません。

診断は、高度画像診断を用いて行うのが、今は一般的でしょう。でないと、検出しづらいかと思います。治療は、外科的な切除を行います。遠心性に位置する腫瘍を切除することで治癒します。広範囲に神経が損傷されていたり、複数の脊髄神経節や神経根が損傷されている場合、重度な筋萎縮が認められる場合は、断脚が必要です。脊髄圧迫を引き起こしている進行性の神経根腫瘍は、複数の神経根が侵されていることが多くて、完全切除が困難なので予後不良です。今は、幹細胞療法で回復するかも知れませんので、治療の一つの選択肢として考えておきたいところです。

 顔面神経麻痺

顔面神経(第Ⅶ脳神経)麻痺は、比較的よく認められます。急性顔面神経麻痺では、付随する神経学的異常や身体的な異常はなくて、根本的な原因も検出されません。これは特発性顔面神経麻痺と診断されます。

犬の甲状腺機能低下症では、顔面神経を侵すモノニューロパチーを併発します。因果関係はわかりません。顔面神経の外傷性損傷は、脳幹の位置や神経が、側頭骨錐体部を通るので、末梢性に起こることがあります。

顔面神経麻痺の原因として最も多いのは、炎症、感染、腫瘍などから二次的に生じた中耳内の顔面神経分枝の損傷です。中耳炎や内耳炎は、細菌性外耳炎が波及して起こることが一般的です。異物や、中耳の良性鼻咽頭ポリープもその他の原因の一つです。

  •  症状
    •  眼瞼を閉じれない、口唇や耳を動かせない、といった症状が出ます。自発的な瞬きができなかったり、視覚への刺激や眼瞼反射による眼の閉鎖が妨げられます。角膜潰瘍が起こります。
    •  病変側の筋緊張が低下するので、耳や口唇の下垂が認められます。
    •  中耳疾患による顔面神経麻痺では、末梢性前庭障害やホルネル症候群も併発します。
    •  長期の顔面麻痺で、非疼痛性の筋萎縮と痙攣が起こりますが、これは逆に顔面神経が刺激されてしまい、顔面筋の攣縮と口唇の後引を伴う片側顔面神経痙攣の疼痛症候群です。
    •  麻痺が永続することもありますし、2~6週間で自然に回復する場合もあります。
  •  治療
    •  特発性顔面神経麻痺には、治療法がありません。乾性角膜炎がみられたら、点眼液で対処します。
    •  中耳や内耳の検査で骨融解や軟部組織の増殖がみられるなら、腫瘍が原因であると示唆されます。手術を考慮しましょう。猫の良性炎症性鼻咽頭ポリープは、予後良好です。鼓室胞、骨迷路、耳道、末梢神経の腫瘍は、手術の後、放射線治療や化学療法を併用すると効果的なことがあります。

 三叉神経麻痺

三叉神経の両側性運動神経麻痺では、閉口(下顎の挙上)や食物摂取が突然できなくなります。口が開いたままになって、口の開閉に抵抗がなくなります。嚥下は正常です。咀嚼筋に急速で重度な萎縮が起こって、ホルネル症候群が生じることもあります。感覚を喪失して角膜表面が感覚低下すると、反射的な涙液産生と栄養素の不足が起こって、角膜潰瘍が生じます(神経栄養性角膜炎)。

特発性三叉神経麻痺は、中高齢の犬に認められます。猫では稀です。原因はわかりません。治療は支持療法です。深い容器を使えば、飲水は可能ですが、手で食事を与える必要が出てくることもあります。

角膜潰瘍には、眼軟膏が有効です。予後はきわめて良好で、多くは2~4週間で完治します。

 高カイロミクロン血症(猫)

リポ蛋白リパーゼをエンコードする遺伝子に異常のある猫は、末梢神経症(末梢ニューロパチー)が認められます。この疾患では、血中からのカイロミクロンクリアランスが遅延して、皮膚やその他の組織で脂肪顆粒の生成が生じます(黄色脂肪腫)。黄色脂肪腫が、神経を骨に押し付けて圧迫するので、神経障害を受けます。ホルネル症候群や脛骨、橈骨神経麻痺が認められます。

血液検査で、空腹時に高カイロミクロン血症が認められて、血液はトマトスープ状に見えます。低脂肪食で、高カイロミクロン血症を解消できれば、症状は治まります。

 虚血性神経筋症

後大静脈の血栓塞栓症では、障害された筋肉と末梢神経に虚血性障害を与えるので麻痺が生じます。大動脈三叉路に詰まった凝固塊中の血小板からトロンボキサンA2やセロトニンが放出されることによって、後肢への側副循環の血管が収縮して、虚血が起こります。

後大静脈の血栓塞栓は、猫でよく起こります。突然に、後肢の下位運動ニューロン(LMN)性麻痺や不全麻痺が起こります。股動脈拍動が弱くなります。肢や肢端は冷たくなって、蹠の色調が失われます。患肢を深爪しても、出血はありません。障害を受けた筋肉は腫脹して、痛みを伴います。後肢は弛緩して、反射は喪失しますが、膝蓋腱反射は保たれます。麻痺が起こって数時間程度で虚血した筋肉が拘縮して、後肢の硬直性伸展がみられます。心筋症の猫で、みられることが多いのも特徴です。

犬では、凝固亢進を伴う疾患でみられることがあるので、ネフローゼ症候群、副腎皮質機能亢進症、フィラリア症、腫瘍、心内膜炎を疑って、検査を行うといいかと思います。

多発性神経症(ポリニューロパチー)

 先天性(遺伝性)多発性神経症

犬種特異的な変性性末梢神経症(変性性末梢ニューロパチー)があります。通常は、若齢動物でみられるので、遺伝的な背景があるものと思われます。多くは、進行性で全身性のLMN徴候を示して、重度な四肢麻痺、筋萎縮、反射低下を示します。脊髄腹角の運動ニューロン、腹根、末梢神経が侵されます。ある種の遺伝的蓄積病では、び慢性のLMN徴候の麻痺に加えて、中枢神経症状も示します。

感覚機能低下、傷害受容低下や、自傷を生じる家族性感覚神経症や、軽度な運動失調や固有受容感覚の消失も、非常に稀な疾患ですが、起こることがあります。

 後天性慢性多発性神経症

多発性神経症(ポリニューロパチー)は、末梢神経が複数障害を受けて、弛緩性の筋虚脱や麻痺、著しい筋萎縮、筋の緊張度の低下、反射の低下や消失などの全身性LMN徴候を呈します。感覚神経が重度に傷害されている場合、固有受容感覚の消失を認めることもあります。神経の生検では、典型的な軸索変性と脱髄を呈するので、診断と治療のために必要な検査となります。

糖尿病性多発性神経症
犬は、糖尿病による多発性神経症の症状を捉えにくいですが、猫は顕著な変化を示します。後肢の虚脱が起こって、飛び上がれなくなります。後肢の蹠行歩様、尾の脱力も特徴的です。検査をすると、後肢の反射低下と著明な筋萎縮がみられます。血糖値を管理できれば、神経学的徴候は改善します。

甲状腺機能低下症性多発性神経症
犬の甲状腺機能低下症で、び慢性のLMN性麻痺、片側の末梢神経前庭障害、顔面神経麻痺、咽頭麻痺、巨大食道症が認められます。神経と筋肉の生検では、神経変性と再生像を示して、神経原性の萎縮を示唆する所見がみられます。甲状腺機能低下症の治療によって、神経症状の改善がみられます。

インスリノーマ性多発性神経症
インスリノーマの犬は、こわばった後肢の歩行を示して、進行性に全身の虚脱、筋萎縮、反射低下を招きます。インスリノーマの治療で改善します。

腫瘍随伴多発性神経症
気管支に発生した腺癌、血管肉腫、乳腺眼、膵臓癌、前立腺癌、リンパ腫、多発性骨髄腫で、LMN性不全麻痺の起こることがあります。慢性的な進行性のLMN機能不全の動物では、腫瘍の検査を行いましょう。

免疫介在性多発性神経症
全身性エリテマトーデスのような免疫介在疾患によって、多発性神経症が発症することがあります。運動不耐性を示して、それに続いて進行性の筋萎縮と反射低下、脳神経の機能不全を併発します。

治療は、免疫抑制療法を行います。プレドニゾロンとアザチオプリンで開始します。短期的には回復が見込まれますが、免疫介在性の疾患では長期にわたって寛解と悪化をくり返す傾向があります。

特発性多発性神経症
病因がはっきりしない脱髄性の多発性神経症があります。基礎となる原疾患が特定されず、治療に対する反応もあまり良くありません。

エールリヒア症
たまにエールリヒア症を併発していることがあるそうです。ドキシサイクリン(5mg/kg、PO、BID)で神経症は回復します。因果関係が、まだはっきりとはわかっていません。

遅発性有機リン中毒
有機リン、重金属、化学薬品などの毒物が、末梢神経損傷を引き起こします。とくに、有機リン系の物質は、遅発性の神経毒性があります。神経毒性エステラーゼはニューロン内の栄養輸送に必須の酵素ですが、この酵素を阻害することで毒性が生じます。血漿中のアセチルコリンエステラーゼ活性が低下しています。

毒物の暴露後、急性に1度だけ重篤な症状を示すこともあれば、数週間~数ヶ月単位での慢性的で反復した毒性症状を示すこともあります。神経症は、毒物暴露後、1~6週間で発現するのが通常です。虚脱はあるのですが、流涎、嘔吐、下痢、縮瞳などの特徴的な症状を示しません。通常は、3~12週間で自然に改善します。

 後発性急性多発性神経症

急性多発性神経根炎
成犬に起こる疾患です。全身性疾患やワクチンが発症のきっかけになることがありますが、多くは原因不明です。病理所見で、重度の脱髄、炎症細胞の浸潤、末梢神経の腹角部分の崩壊があります。人のアレルギー性神経炎やギランバレー症候群という疾患に類似しているので、免疫学的な機序が疑われます。アライグマに咬まれて発症することもあるそうですが、日本で生息しているアライグマが原因となる病原体などをもっているかどうかは不明です。

最初に、しわがれ声になります。その後、後肢の虚弱がみられて、こわばった歩幅の短い歩き方になってきて、そのうち全肢に広がります。随意運動の残る場合もありますが、多くは発症5~10日後に完全麻痺に進行します。

神経学的検査では、筋緊張度が顕著に低下していて、重度の反射低下や消失、急激な筋萎縮が認められます。犬によっては、知覚過敏があって、筋肉に触れただけや、つま先を挟んだりといった軽い刺激に対して激しく反応します。このような知覚過敏が多発性神経根炎の特徴で、ダニ麻痺やボツリヌス中毒では認められないので、鑑別点となります。

重度の不全麻痺・麻痺にも関わらず、犬は明るく快活です。補助してやれば、摂食・飲水可能で、尾を振ることも可能です。膀胱、直腸の機能も正常です。脳神経にも異常はなく、噛んだり、飲み込んだり、瞳孔の動きなどにも異常はありません。このような脳神経機能と食道機能が正常でありながら、知覚過敏が存在するなら、この疾患の疑いが強くなります。

極めて重篤な症例の一部では、両側性の顔面神経麻痺が併発して、中には呼吸麻痺によって死に至ることもあります。この疾患に有効な治療法がないので、初期進行期には、呼吸困難の状態をしっかりと監視しましょう。症状は5~10日で安定します。その後は、自宅での支持看護を行います。

支持療法として、食事と飲水を補助してあげなくてはなりません。床敷をクッション性のいいものにしてあげて、無気肺や褥創を予防して、定期的に寝返りもさせてあげましょう。多くは、2~4週間程度で回復します。重症例では、回復に2~3ヶ月を要することもあって、完全回復できないこともあります。

ネオスポーラ多発性神経根炎
ネオスポーラの成犬では、神経組織内の感染部位によって、さまざまな症状が発現します。不全対麻痺、四肢不全麻痺、小脳徴候、筋肉の疼痛、発作、脳神経異常、進行性のLMN性麻痺が報告されています。ネオスポーラの抗体価測定や、筋肉や神経生検での虫体確認で確定診断します。クリンダマイシン(10mg/kg、PO、BID)の4週間投与が最も有効な治療法です。

経胎盤感染の子犬では、6週齢~6ヶ月齢の間に、LMN性の不全対麻痺症状を示します。その後、後肢の腹角と末梢神経の炎症が進行性の後肢虚弱、筋萎縮、反射低下を引き起こします。このようなLMN徴候は、長期間にわたって筋萎縮を引き起こして、重度の後肢伸展に進行して、線維化によって後肢の伸筋が硬直して動かなくなります。同腹子の罹患も起こり得ます。筋肉が侵されるとCKやASTの上昇がみられますが、診断には抗体価の測定と、筋生検での虫体確認です。多発性の症状や急速な疾患の進行と、後肢筋肉の硬直性過伸展、治療の遅れは予後不良になります。

神経筋接合部の疾患

 ダニ麻痺

ダニの寄生によって、弛緩性で、上行する運動麻痺が認められます。雌のマダニの吸血(5~9日以内)によって、神経筋接合部でのAChの放出が阻害する唾液神経毒素が産生されて、体内に循環します。

後肢の虚弱から横臥位に進行して、完全LMN性麻痺が誘発されます。筋肉が弛緩して、脊髄反射の低下・消失が起こります。筋の萎縮はなく、痛覚も正常で、知覚過敏を示す所見はありません。脳神経の障害はありませんが、顔面筋の脱力、鳴き声の変化、嚥下困難、下顎筋の筋緊張低下が認められます。重症例は、呼吸筋まで麻痺を起こします。

急性多発性神経根炎、ボツリヌス中毒、重症筋無力症などの急性四肢不全麻痺との鑑別が必要です。適切な診断を行って、マダニを除去して、薬浴を行うと、24~72時間以内に劇的に回復します。

 ボツリヌス中毒

Clostridium botulinumが産生したC型神経毒を含む腐敗した食べ物や腐肉を摂取して感染します。ごく少量の毒素で症状が起こります。神経筋接合部からのACh放出が阻害されて、LMN性完全麻痺が生じます。毒素摂取後、数時間~数日で症状が発現します。

感染すると、脱力して、歩幅の小さな引きずるような歩行をします。その後、急速に進行して横臥姿勢になります。筋緊張が低下して、脊髄反射が消失しますが、尻尾は振ることができます。固有受容感覚や痛覚は正常で、知覚過敏は伴いません。検査では、瞳孔散大、対光反射の消失、顔面筋の脱力、下顎筋の筋緊張低下、嚥下困難などの脳神経機能不全を呈します。巨大食道症による吐出は一般的です。呼吸筋まで障害されると、死に至ります。

集団でのLMN性麻痺が発生したら疑われます。急性多発性神経根炎やダニ麻痺に比べると、顔面の筋肉、咬筋、咽頭筋の脱力が顕著です。

特異的な治療はないので、支持療法を行います。多くは、1~3週間で回復します。摂取が直近であれば、緩下薬や浣腸で、腸管からの毒素の排出を促します。回復時に誤嚥性肺炎を併発することがあるので、注意が必要です。

 重症筋無力症

重症筋無力症は、運動によって悪化して、休息によって回復する、脱力を特徴とする神経筋接合部の疾患です。先天性と後天性があります。先天性の重症筋無力症は、骨格筋でのシナプス後膜でのACh受容体の遺伝的欠損です。神経筋接合部での神経伝達不全の症状は、犬種特異的に6~9週齢の子犬や子猫で起こります。日本でよく飼われている犬種では、ジャックラッセルテリアが好発犬種です。

後天性の重症筋無力症は、骨格筋のニコチン様ACh受容体指向の免疫介在性疾患です。抗体が受容体に結合して、伝達物質であるAChの後シナプス膜における感受性を低下させます。後天性の場合は、全ての犬種が性別に関係なく罹患します。

  •  症状
    •  特徴的な症状は、四肢の筋虚弱で、運動で悪化して休息すると回復します。姿勢反応や反射は正常ですが、反復刺激で反応が疲労して悪くなります。
    •  過剰な流涎と吐出は一般的な所見で、巨大食道症に起因するものです。巨大食道症は、後天性重症筋無力症に特徴的な症状です。嚥下障害、吠えたり鳴いたりする声がかすれて、瞳孔拡大が持続して、顔面筋の脱力がみられます。
    •  局所型の重症筋無力症があって、巨大食道症だけがみられて四肢の虚弱を示しません。成犬が発症する巨大食道症では、高い確率で後天性局所型重症筋無力症に罹患しています。ですので、巨大食道症の犬では、この疾患を疑って精査しておくことが慣用です。
    •  急性で、劇症型の後天性重症筋無力症もあって、四肢の重度の筋虚脱が急激に発現します。起立不能となって、頭を持ち上げることもできなくなります。巨大食道症とともに誤嚥性肺炎も併発していることがあって、呼吸困難や死亡することもあります。
  •  診断
    全身性筋虚弱の犬、後天性巨大食道症の犬では、重症筋無力症を鑑別診断に入れておきます。確定診断は、血中のアセチルコリン受容体に対する抗体の検出です。また、超短時間作用型抗コリンエステラーゼであるテンシロンを投与して、陽性反応が確認できれば、重症筋無力症が支持されます。重症筋無力症であれば、テンシロンの投与30~60秒以内に、劇的な症状の回復がみられて、5分程度持続します。
    テンシロン検査法
    1. 静脈内カテーテルの留置
    2. アトロピン(0.04mg/kg)を前投与
       (ムスカリン様作用による副作用を抑制するため)
    3. 挿管と人工呼吸の準備をしておく
    4. 虚弱がみられるまで運動をさせる
    5. テンシロンの静脈内投与(0.1~0.2mg/kg)
  •  治療
    •  後天性重症筋無力症の治療は、支持療法と抗コリンエステラーゼの投与です。免疫介在性疾患の併発が一般的なので、免疫抑制剤の投与も行うこともあります。
    •  胸腺腫と伴う動物では、外科的除去も考慮します。胸腺摘出後、アセチルコリン受容体抗体が低下して、症状が劇的に回復することがわかっています。
    •  巨大食道症や吐出をしてしまう症例は、立位で食事を与えて、給与後10~15分程度は立位のままにしておいて、食道内容物が胃に入るようにしてあげます。誤嚥性肺炎を防ぐことが肝要です。場合によっては、胃瘻チューブを設置して栄養補給を行うことも必要です。
    •  誤嚥性肺炎があれば、輸液点滴を行って、抗生物質を投与します。アンピシリンとアミノグリコシドは、神経筋接合部での伝達を減弱するので禁忌です。
    •  筋力増強に、抗コリンエステラーゼを投与します。犬では、臭化ピリドスチグミン(1~3mg/kg、PO、BID)を、猫はそのシロップを1:1の水で希釈して0.25~1mg/kgで投与します。薬効は投与2時間後に最も発現しますので、その時間帯に食事の時間を合わせると好都合です。経口投与の難しい巨大食道症には、メチル硫酸ネオスチグミン(0.04mg/kg)を筋肉内投与して用います。

抗コリンエステラーゼに反応したとみられた動物が突然悪化した場合、その原因が抗コリンエステラーゼの投与量が不十分(筋無力症クリーゼ)なのか、過剰投与(コリン作動性クリーゼ)なのか、を判断することは非常に重要です。筋無力症クリーゼなら、テンシロンテストで回復します。反応をみて、投与量の変更を行いましょう。

後天性重症筋無力症では、免疫介在性疾患を併発していることがあるので、ステロイドやその他の免疫抑制剤の投与で症状が改善することがあります。同時にアセチルコリン受容体に対する抗体価が低下します。但し、免疫抑制剤は、誤嚥性肺炎を発症していない安定した症例でのみ使用すべきです。また、通常の免疫抑制量のステロイドは、犬の筋脱力を一時的に悪化させるので、最初は低用量のプレドニゾロン(0.5mg/kg/日)から開始して、2~4週間かけて用量を徐々に増やしていく方が賢明です。アザチオプリン(イムラン; 2mg/kg/日)の併用が効果的な場合もあります。

  •  予後
    •  誤嚥性肺炎がなく、抗コリンエステラーゼの過剰投与がなければ、内科治療に対する反応は良好です。
    •  予後が悪いのは、重篤な誤嚥性肺炎、持続する巨大食道症、急性劇症型の場合、胸腺腫や基礎疾患で腫瘍が認められる場合です。多くは1年以内に死亡します。
    •  抗コリンエステラーゼは四肢の虚弱に対して有効ですが、食道の機能に対する効果は疑問です。というのも、後天性重症筋無力症の多くは、臨床的・免疫学的な自然寛解が生じるので、薬が効いているのか、自然に治ったのか、が判断つきづらいためです。
    •  AChの抗体価が、疾患の進行や寛解と関連しているので、アセチルコリン受容体抗体を、1~2ヶ月毎に定期的に測定することは、疾患の管理には有用です。

自律神経障害

自律神経障害は、交感神経と副交感神経の両方が侵される多発性神経症です。原因は不明ですが、中毒や自己免疫機構の関与が考えられています。アトロピンの皮下投与(0.04mg/kg)で心拍数の変化を生じません。

若齢の犬が最も多く発症していて、急な嘔吐や吐出、下痢、いきみ、尿漏れや羞明、呼吸困難、発咳、抑うつ、食欲不振があって、数日~数週間進行します。検査所見では、肛門括約筋の筋緊張の低下や喪失、瞳孔散大、鼻粘膜の乾燥、瞬膜の突出が確認されます。膀胱が拡張して、圧迫による排尿が容易に可能です。

治療は支持療法を行います。輸液とともに、胃瘻チューブなどによる食物給与、膀胱や直腸を空にして、眼軟膏を塗布します。流涙や羞明は、ピロカルピン(副交感神経興奮作用薬)の点眼(TID)で改善します。ベタネコール(コリン作動薬)の皮下投与(0.05mg/kg、BID)で、排尿機能が改善されて、消化器運動調節薬(メトクロプラミド)の投与で胃腸管の運動性も改善します。

一般に、予後が不良で、致死率が高い疾患です。