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繁殖障害と生殖器系の疾患/乳房・乳腺

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分娩後と乳房・乳腺の異常

子宮炎

産後にみられる子宮の急性細菌感染症です。正常分娩の後でも起こることがあります。膣から上行する細菌が原因です。罹患した犬は、発熱して、悪臭のある腐敗性の子宮排出物を出します。脱水、敗血症、エンドトキシン血症、ショックなどが起こります。すぐに治療しましょう。

治療
感染した子宮内容物を、卵巣・子宮摘出手術で取ってしまうか、堕胎薬を用いて内科的に排出するか、が治療手段です。どちらの方法で治療するかは、健康状態や疾患の状態、今後の繁殖の有無によって決めていきます。どちらの方法を取る場合でも、静脈内輸液を行います。水分の補給、電解質調整、組織循環の維持と泌乳要求に対する準備のために、しっかりと行いましょう。

抗生物質を、培養試験の結果で投与しますが、抗生物質は乳汁を通じて新生子に影響を与えますので、用いる抗生剤には注意を払いましょう。子宮破裂の危険や重症である場合、今後の繁殖予定がないなら、避妊手術を選択するべきです。

新生子に対する抗菌薬の影響

安全な抗菌薬不明有害な抗菌薬
アモキシシリン
エリスロマイシン
セファロスポリン
タイロシン
ペニシリン

クリンダマイシン
リンコマイシン




アミノグリコシド
エンロフロキサシン
クロラムフェニコール
サルファ剤
テトラサイクリン
トリメトプリム   など

症状の安定した子宮炎には、内科的処置が適切です。プロスタグランジンによって子宮収縮を誘発させて、子宮内容物を排出させることは有効です。エコー検査で、子宮が空になるまで治療を継続しましょう。数日かかるはずです。

産褥テタニー

産褥テタニーは、分娩後に発生する急性で、命の危険を脅かす低カルシウム血症です。症状は、筋の線維性痙攣とテタニーです。低カルシウムによるものです。

低カルシウム血症が起こるのは、胎子骨格や乳汁へ母体からカルシウムが供給されることによる喪失、食事による吸収不足、食事や添加物による影響で上皮小体が萎縮することが原因のようです。泌乳最盛期(産後1~3週)に発生が多く、産子数の多い小型犬に多い傾向があります。

症状
あえぎ、ふるえ、筋の線維性痙攣、衰弱、運動失調などが症状で現れます。初期症状が出ると、数時間以内に、強直性・間代性痙攣と眼球震盪を伴うテタニーに進行します。テタニーが起こる状態になると、心拍数、呼吸数、体温が上昇して、急速に病状が悪化して、治療しないと死亡します。

低血糖でも同様の症状を示しますが、産後に低血糖は稀で、泌乳期には、産褥テタニーを疑いましょう。

治療
カルシウム濃度が低下していますので、10%グルコン酸カルシウムを緩徐に静脈内投与を行います。過剰な投与は不整脈や徐脈を引き起こしますので、心電図をモニタリングしながら、状態を観察しましょう。総投与量は、3~20mLになりますが、治療に対する反応性はよく、投与中に、症状は消失します。

産褥テタニーがみられた場合、子犬・子猫への授乳は、12~24時間、控えます。授乳期間中は、カルシウムを1日1~3gを経口投与し続けます。高品質のフードを1日3回与えて、体力の回復を図りましょう。

予防
予防には、高品質で、栄養バランスの優れたフードを与えることが一番です。必要に応じて、母犬は1日数回、新生子から離して、食事をゆっくり行わせて体力を付けさせましょう。注意することは、妊娠期に経口カルシウム投与を行わないこと、です。なぜか産後の低カルシウム血症を悪化させます。

胎盤修復不全

産後は、子宮の修復は12週間にわたって起こります。胎盤部位と子宮内膜は壊死して、産後9週までに子宮角は均等に収縮して、表面の壊死がなくなります。その後、子宮内膜表面の再構築があって、12週後に修復されます。その間、陰門排泄物が出てきます。最初は、濃緑色で、これは胎盤血で、ウテロベルジンというヘム色素を含んでいます。その後、赤みがかって赤褐色となります。細胞片と粘液を含んでいます。数週間で、点状の粘液物となって、量も減少します。

胎盤の退縮不全では、12週間以上、血様排出物が持続的に滴ります。初産の犬に多いのですが、高齢での出産でも発生します。猫では、ありません。

出血が続くようなら、膣細胞診をしっかり行いましょう。子宮炎や他の疾患との鑑別が必要です。エコー検査も有用です。しかしながら、治療は必要とはなりません。回復が自然に起こって、その後の受胎にも影響はありません。

貧血が、治療を必要とするほど重度であれば、他の疾患を考慮して治療にあたってください。

乳房の異常

 乳房炎

乳腺の細菌性感染症が乳房炎です。猫では、あまりありません。偽妊娠で泌乳している犬では起こりません。症状に気づくのは、鳴いて痩せてる子犬に飼い主が気づくことです。乳房炎になると、母親は子犬の世話をしなくなります。

症状では、発熱、食欲不振、脱水、熱感があって硬く腫脹した疼痛性の乳腺がみられます。重症例では、膿瘍や壊疽が生じます。原因菌では、大腸菌、ブドウ球菌、β溶血性連鎖球菌が多く分離されます。炎症や異常な分泌物が、非泌乳の乳腺にあると、乳腺腫瘍が強く疑われます。

治療は、抗生物質の投与、輸液療法・支持療法が必要です。できるだけ早く、母親が泌乳を始めるように、積極的に実施します。十分な水分とカロリー摂取が乳汁産生を維持するために重要です。泌乳期の食事と水分補給は、妊娠期の2倍が目安です。腫脹があれば、患部を温めてやると、腫脹と疼痛が緩和できます。

抗生物質の選択は、感染菌の感受性、乳腺中の薬物濃度、新生子への影響を考えながら行いますが、培養結果が得られていないなら、アモキシシリンやセファロスポリンを用いるのが適切です。それらは、乳腺での薬物濃度が維持され、多く感染する菌に対する効力もあり、新生子に対しても安全であるからです。乳房の膿瘍と壊疽は、外科的に除去します。

母犬が十分な栄養を与えられる限り、できるだけ長く子犬には授乳する方がいいと思います。子犬の体重増加は、1日約10%ずつが目安です。日々、体重を測定して、泌乳が確実に行われているかを確認しましょう。

 乳汁うっ滞

乳腺内で乳汁の貯留と滞留が起こることです。乳腺は、熱感を持って、硬く腫脹して、疼痛性を持ちます。乳房炎と異なるのは、乳汁うっ滞の場合、乳腺分泌物は感染していないし、母犬も罹患していません。単純に、乳汁が蓄えられる量以上に早く産生されてしまいます。通常は、離乳期に起こることが多いですが、新生子の飲む量を上回って産生されると、泌乳最盛期にも起こります。偽妊娠でも起こります。

泌乳初期(1~3週)にみられる一時的な乳汁うっ滞は、治療しません。離乳時の乳汁うっ滞で治療が必要なら、乳汁産生の減少と不快感を解消してあげましょう。乳汁産生は、食事と水分を制限すれば、減少します。徐々に離乳させることも有効です。温めてやるのも、腫脹と不快感の解消に役立ちますが、マッサージや圧迫は、プロラクチンの放出を促すので、止めましょう。

 無乳症

乳汁が産生されない、分泌されない状態です。正常な乳汁の産生と分泌には、遺伝、栄養、心理的要因や解剖学的な構造などが関与してます。プロラクチンが乳汁の産生を促進して、オキシトシンが乳汁の分泌を刺激します。

原発性の無乳症では、乳腺が乳汁を産生できないか、乳管が乳汁を運搬できない状態です。症例で多いのは、乳腺と乳管は正常でありながら、他の要因で乳汁産生が減退して、乳汁の流れを阻害している状態です。授乳期は、カロリーと水分の需要が妊娠期の2倍になります。それらを満たすために、高エネルギー食の給餌を、交配時から開始しておくといいようです。

不安・ストレスは、乳汁の流れを阻害します。哺乳中の母親と子犬は、最初の数日間、静かな場所を確保してあげましょう。訪問者も制限するといいと思います。必要なら、オキシトシン(0.5~2.0単位、皮下、2時間毎)を投与して、乳汁の流下を促進します。オキシトシン投与の30分後から、哺乳させるといいでしょう。

メトクロプラミド(0.1~0.2mg/kg)がプロラクチンの分泌を刺激します。泌乳が十分になるまで、6~8時間毎に投与してみましょう。治療が必要なのは、1~2日程度です。栄養面、心理面の要因も、その間に取り除きましょう。

 乳漏

妊娠や分娩に関係のない泌乳が起こることですが、偽妊娠でみられるものです。発情休止期の末期や、発情休止期に避妊手術を行うと、発生することがあります。特に、治療は必要ありません。

 乳腺過形成と肥大(猫)

猫の乳腺過形成は、乳腺組織の急速で異常な発育が特徴です。妊娠していなくても、若い発情のある猫に多く発生します。プロジェステロンの刺激と関連しています。猫の乳腺過形成は良性ですが、病態が乳腺腫瘍に似ているので、生検などを行って検査しましょう。

治療はプロゲステロンの刺激を除去することです。処置は、卵巣・子宮摘出手術を行います。乳腺が巨大になっているので、横腹切開で行うのが通常です。過形成の組織は、手術後、数週間にわたって退縮します。予後良好です。乳腺組織が壊死性になれば、乳房切除術が必要です。

内科的には、アグレプリストン(アリジン;20mg/kg、皮下単回)を投与する方法もあります。猫が妊娠してると流産します。

 乳管拡張

良性の場合は、疼痛性の状態で、集乳管が濃縮した分泌物によって拡張します。症状は乳腺腫瘍に似ています。膿胞性の症状は、触診で確認できます。濃縮物質は、黄色か青みを帯びていて、皮下で目視できることもあります。

根治には外科的手術を行います。念のため、病理組織検査を行いましょう。

 乳腺腫瘍

乳腺腫瘍の発生は多く、犬の腫瘍の半数程度を占めています。多くは高齢の避妊手術をしていない犬に発生します。1~2歳齢以降に避妊手術をした場合も、発生率が低くありません。2回目の発情以降に卵巣・子宮摘出手術を行っても、発生率を下げることができないようです。猫でも1歳齢以前に避妊手術を行うと、発生率を有意に低下できます。

症状
乳腺腫瘍は、離散性で、硬く結節性です。大きさは様々で、数ミリ径から数センチになることもあります。一つの乳腺に腫瘍ができると、他の乳腺も侵されることが多いのが特徴です。通常腫瘍は、体壁と癒着しませんが、悪性腫瘍が体壁に癒着することがあって、潰瘍化した皮膚に覆われます。

異常な分泌物が、罹患乳腺の乳頭から排出されることがあります。乳腺の炎症性癌腫は、乳房炎に似た様相を呈しますが、炎症性癌腫は老齢動物に発生しやすくて、泌乳と関係しません。

転移が生じると、局所のリンパ節(腋窩リンパや鼠径リンパ)が腫大します。乳腺腫瘍は、飼い主がよく体を触っているとか、お腹を見せる犬であれば、すぐに見つかりますが、普段、犬を上から見ていても目立たないのでわかりません。気づいたときに、進行していることもあり、腫瘍性悪液質を示すこともあります。

診断
乳房内に結節があれば、生検を行って病理検査をしましょう。できれば、切開生検した方が確実に診断可能です。切開生検をする前には、胸部X線検査で肺への転移を確認するべきです。肺転移があれば、予後不良です。

治療と予後
犬の乳腺腫瘍の半分は良性です。一部は、実質臓器内で異型性細胞の形状を示して、前癌状態にある場合があります。正常な細胞性状を示す結節では、癌化する危険性は高くなりません。猫の乳腺腫瘍の80%は腺癌で、悪性であることがほとんどです。

最も多い悪性の乳腺腫瘍は、腺癌です。腫瘍細胞が乳管上皮に限定されていたら、外科手術後の予後は良好です。腫瘍細胞が乳管系組織を超えて広がっているなら、予後は悪くなります。血管やリンパ管に腫瘍細胞がみられるなら、予後不良です。

治療は、まずは手術です。結節だけを切除するのか、乳房を全摘出するのか、は状態をみながら考えるべきだとは思いますが、必ず病理組織学検査を行って、腫瘍の病型を確認するとともに、周囲の組織への浸潤がないか、マージンが確保できているか、を確認するべきです。炎症性癌腫は、劇症型の悪性疾患で、予後は最悪です。

悪性の乳腺腫瘍の外科的切除は、根治治療にはなりません。ホルモン治療を行うといいという報告もありますが、化学療法には有効性があまりないようです。乳腺摘出手術時に、卵巣・子宮摘出手術を同時に行っても、生存率には影響はないようです。おそらく、高齢の症例が多いためと思われます。中年齢での手術の際は、同時に卵巣・子宮摘出手術を行っておく方がいいと思います。