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繁殖障害と生殖器系の疾患/前立腺

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前立腺の疾患

まずは、触診を行いましょう。触診で、前立腺の大きさ、形、硬さ、疼痛の有無を知ることが可能です。腹部の触診や直腸検査でわかります。肥大した前立腺は、骨盤腔内に入り込むことは少なくて、前方に出ていることが多いです。

前立腺疾患を鑑別するには、画像検査、細胞診、細菌培養、生検を併用して実施する必要があります。腹部X線検査で、前立腺の大きさ、形、腹腔内における位置を調べることができます。X線検査で前立腺癌の、腰下リンパ節、腰椎骨、骨盤骨への転移の有無がわかります。

前立腺疾患の症状
主な症状
  排尿と無関係な血液様前立腺分泌液
  しぶり(排尿困難・排便困難)
  再発性の尿道感染
  血尿・血精液症

稀な症状
  疼痛・発熱・尿路閉塞・不妊・歩行異常


良性前立腺肥大症

前立腺疾患で最もよくみられるのは、良性の前立腺肥大症です。犬で6歳齢以上ならば、軽度に肥大していることがよくあります。アンドロジェンの作用で生じます。特に、ジヒドロテストステロンが深く関与していて、左右対称性に腫大させます。

症状
老齢犬で、しぶりがあると疑いましょう。排尿とは無関係に、尿道からの血様液の排出(前立腺出血)があります。血尿がみられるのも一般的です。犬では、尿閉になることはあまりありません。

診断
中年齢以上の犬で、排尿困難や排便困難、血様物の排泄、血尿などが認められたら、良性前立腺肥大症と診断します。触診で疼痛症状を示すことはありません。X線検査を行って、前立腺の肥大を確認してください。左右対称性に腫大していることが特徴です。

エコー検査では、小さい嚢胞が複数個、前立腺実質全体にみられることが多くて、腺房の拡張が起こっていることを示しています。穿刺吸引で、軽度の出血、炎症、細菌と膿の有無、腫瘍の有無も確認しておきましょう。生検で、微小嚢胞の形成があれば、確定診断できますが、生検まで必要な症例はあまりありません。

治療
前立腺が肥大していても、症状が認められていないのであれば、治療の必要はありません。症状があれば、治療が必要で、精巣摘出術が一般的な治療法です。摘出後、数週間で前立腺の縮小が確認できます。4週程度で出血がみられなくなって、12週で完全に前立腺が萎縮します。アンドロジェンの分泌消失による効果です。

前立腺実質内に嚢胞が形成されている場合、エコーで画像を確認しながら、穿刺吸引で嚢胞内の貯留液を回収・除去しておきましょう。ついでに細菌培養試験を行っておきます。陽性反応が出ることがよくあります。

精巣を摘出できない症例には、抗アンドロジェン製剤を投与します。しかしながら、摘出手術より効果は弱くて、一時的で、数ヵ月後に再発する可能性があります。プロジェステロン製剤に、抗アンドロジェン作用があって、それを投与することがありますが、精子形成能の抑制、射精精子の活力低下、精子に形態異常が副作用でみられることがあります。性腺刺激ホルモン放出ホルモンやLHの作用を免疫学的に抑制すると、間接的にテストステロンの産生が抑えられるので効果があります。内科治療はあまりやりませんけど・・・

鱗状化生(扁平上皮化生)

エストロジェン分泌型の精巣腫瘍は、前立腺の鱗状化生(扁平上皮化生)を誘発します。副腎腫瘍でエストロジェンの分泌が過剰になることもあります。精巣の腫瘍がある症例では、この疾患に注意しましょう。

鱗状化生を起こした上皮細胞が増加すると、細胞が射精精液中に出現します。必要に応じて、前立腺の穿刺吸引を行って、細胞診をしておくといいと思います。

治療には、多量のエストロジェンの分泌母体を除去することです。精巣腫瘍が原因であれば、精巣の摘出手術を実施するべきですし、エストロジェン製剤を投与しているのであれば、投与を中断してください。そのどちらでもない場合は、潜在精巣が残存している可能性を考えます。

急性細菌性前立腺炎・前立腺膿瘍

前立腺への細菌感染で炎症が起こって、それが悪化すると前立腺膿瘍を起こします。前立腺には、細菌の増殖に対する防御機能が備わっています。分泌型IgAの局所的な産生、その他の抗菌物質の産生、排尿時の細菌排出能などがあります。

良性前立腺肥大で、嚢胞内貯留物の液体の細胞培養を行うと、嚢胞の液中に無症状性の細菌が存在することがよくあります。主な感染経路は尿道の上行性感染で、血行感染も起こります。感染菌には、大腸菌、ブドウ球菌、連鎖球菌、マイコプラズマが多いようです。

症状
急性の前立腺炎や前立腺膿瘍では、腹痛、血尿の排泄などで、急性で重篤な症状を示します。発熱、脱水を伴うこともあります。前立腺膿瘍では、左右非対称性に前立腺が腫大して、波動感があります。前立腺膿瘍になると、敗血症や毒血症を起こすこともあるので要注意です。

診断
血液検査では、好中球の左方移動を伴う好中球性白血球増加、好中球の中毒性変化、単球増加が認められます。エコー検査では、前立腺の実質内に液体が貯留されている腔(膿瘍腔)が認められます。前立腺分泌液は、細菌培養・感受性試験の材料になります。但し、状態が悪く、射精できないことも多いので、穿刺吸引を行って採取することも考慮しましょう。

尿検査でも、血尿、膿尿、細菌を含む尿の有無を確認しておくといいでしょう。尿の細菌培養でも、前立腺分泌液の場合と同様の結果が得られます。

可能ならば、細胞学的検査を行っておけば、炎症の有無、敗血症や出血の原因を究明できることもあります。慢性の炎症では、マクロファージの浸潤があります。

治療
急性の細菌性前立腺炎や前立腺膿瘍は、重篤な疾患で、命に関わることがあります。前立腺膿瘍では積極的に治療しても、死に至ることもあります。なので、治療は迅速に行います。脱水やショックがあれば、輸液を行います。

大きな膿瘍に対しては、外科的に排膿して、大網被膜術を施すと効果的です。エコー画像をみながら、穿刺吸引で排膿することも効果があります。

感受性試験の結果が出るまでは、フルオロキノロン、アンピシリン、第一世代のセファロスポリンなどの抗生物質を投与しておきます。投与は、最低でも4週間、継続しましょう。抗生物質の投与終了1週間後に、尿か前立腺分泌液の細菌培養を行って、感染の有無を再確認します。再発防止には、さらに2~4週間後に、細菌培養試験を行うといいでしょう。

慢性細菌性前立腺炎

細菌性前立腺炎が慢性の場合、症状が出現しないことがあります。尿路系に異常が現れる程度で、前立腺の大きさや形状は、ほぼ正常で、前立腺そのものは無症状です。エコーでも特別な異常所見を認めることは出来ません。

慢性の細菌性前立腺炎を完治させることは、非常に困難です。理由は、血液-前立腺関門によって、抗生剤の多くが腺房まで到達できないためです。効果が期待できる抗生物質としては、エリスロマイシン、クリンダマイシン、サルファ合剤、クロラムフェニコール、エンロフロキサシンなどがあります。

治療には、尿や前立腺分泌液の細菌検査と感受性試験を元に、適切な抗生剤で、4週間の投与を行いましょう。精巣の摘出で、抗生物質による治療効果は高まります。

前立腺周囲嚢胞

ミュラー管が残存して、嚢胞状に発達したり、前立腺実質の外側にある嚢胞が異常に大きくなって形成されるのが、前立腺周囲嚢胞です。発生する原因は、よくわかりません。

前立腺周囲嚢胞は、前立腺実質の外側にあって、茎が生えるように前立腺本体から発達して、嚢胞が極めて大きくなるため、周囲の内臓臓器を圧迫して、しぶり(排尿困難・排便困難)などの症状を引き起こします。

腹腔内の後部に、腫瘤のような塊が合った場合、前立腺周囲嚢胞の形成を鑑別診断に加えておきましょう。X線検査で、嚢胞状の構造が確認されたら、前立腺周囲嚢胞であると考えられます。穿刺吸引すると、無菌の黄色~血液の混じった漿液様の液体が回収できます。

治療には、精巣の摘出と前立腺周囲嚢胞の切除を行います。嚢胞を完全に切除できない場合は、大網被覆術が推奨されています。

前立腺腫瘍

前立腺腫瘍の中では、腺癌が多くて、老齢犬で起こります。前立腺周囲に転移しやすくて、腰下リンパ節、骨盤骨、腰椎骨への転移が目立ちます。精巣を摘出していても、前立腺癌に罹患することはあります。

症状
しぶり、排尿困難・排便困難、疼痛、歩行異常、体重減少などが認められます。腫瘍の前立腺を触知すると、疼痛を示します。前立腺の腫大は、それほど顕著ではありません。

前立腺の形は不整となって、硬度が増します。精巣を摘出されているにも関わらず、前立腺の大きさが正常以上の大きさなら、前立腺腫瘍を疑いましょう。

診断
疑ったら、X線検査・エコー検査です。穿刺吸引・生検も行いたいところです。腫瘍が尿道へ浸潤しているならば、尿道カテーテルを用いて吸引採材すると、腫瘍細胞を検出できます。

治療と予後
精巣を摘出している犬が前立腺癌を発症していると、予後は不良です。未去勢であれば、精巣摘出が治療に有効な場合があります。

前立腺癌では、外科治療、化学療法、放射線治療のどの治療に対しても、よい結果が得られていませんが、非ステロイド系抗炎症薬(ピロキシカム)が有効な可能性があります。私も、これで生存率がよくなった症例を経験しています。試してみてください。