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内分泌・代謝系の疾患/犬の糖尿病

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犬の糖尿病

犬の糖尿病は、ほぼⅠ型(インスリン依存性)糖尿病です。低インスリン血症であり、インスリン分泌刺激物質(グルコースやグルカゴン)で内因性インスリン濃度が上昇せず、食事療法や経口血糖降下剤でコントロールできず、血糖をコントロールするためには外因性のインスリンが絶対に必要です。

糖尿病は、基本的に多因子疾患です。遺伝的な要因や感染、インスリン抵抗性の疾患や薬物、肥満、免疫介在性膵島炎、膵炎などが誘発因子です。病気が進行すると、β細胞機能の喪失、低インスリン血症、グルコースの細胞内への取り込み不全、肝臓での糖新生とグリコーゲン分解が引き起こされます。

高血糖と尿糖によって、多飲・多尿、多食、体重減少が主な症状です。血糖の利用低下に対して、代償性にケトン体の産生が増加して、ケトアシドーシスが生じます。インスリン依存性糖尿病は、β細胞機能の喪失が不可逆的な変化で、生涯にわたってインスリンの投与が必要になります。

犬の糖尿病は、インスリン依存性(Ⅰ型)ですけど、機能性のβ細胞が十分に残っている状態で卵巣子宮摘出手術(避妊手術)をすると、インスリン抵抗性が是正されることがあります。雌犬ではプロジェステロンが成長ホルモンを刺激するのですが、卵巣と子宮が摘出されるとプロジェステロンがなくなって、血漿中の成長ホルモン濃度が低下するため、インスリン抵抗性が改善します。それで高血糖が改善するのですが、後々何らかの原因でインスリン抵抗性が生じて再発します。

潜在的に膵臓β細胞が減少している犬では、ステロイドの投与や副腎皮質機能亢進症が、インスリン抵抗性を誘発して、高血糖を悪化させます。原因を取り除かないと、インスリン依存性糖尿病へ進行して、生涯、インスリンの投与が必要になります。

治療の初期は、低用量のインスリン(0.2U/kg以下)によく反応して、血糖コントロールが容易にできるのですが、治療を開始して3~6ヶ月経過すると、残存していたβ細胞が破壊されて内因性のインスリン分泌が減少するため、血糖のコントロールが次第に難しくなって、インスリン要求量が増加します。

症状

多くは10歳齢前後の高齢犬で認められます。若年性糖尿病は、稀ですが、1歳齢未満の犬にみられます。雌の方が発病率が高く、好発犬種もあります。テリア、シュナウザーは気をつけましょう。

  •  症状
    •  多飲・多尿、多食、体重減少が主症状です。多飲・多尿は、尿糖が生じると症状として発現します。
    •  急性の白内障を主訴に来院されることもあります。人と同じで、糖尿病と気付かず過ごしていることが多いので、白内障による視力障害が現れないと、進行性のケトン血症や代謝性アシドーシスなどの全身症状が出て、危険です。

ケトン体陰性の糖尿病は、診察での異常は認められません。多くは肥満状態ですが、健康です。長期間、治療せずに放っておかれると、体重の減少がみられますが、併発疾患がない限り、削痩状態にはなりません。病期が進行すると、被毛は薄く乾燥して、粗剛で光沢がなく、角化亢進による落屑が認められます。肝リピドーシスによる肝腫大、白内障と硝子体の異常もよくみられます。糖尿病性ケトアシドーシスになると、さらに異常がみられます。

糖尿病でみられる臨床病理所見

血液検査尿検査
CBCは正常
高血糖
高コレステロール血症
高トリグリセリド血症
ALT・ALPの上昇
比重 1.025以上
尿糖
ケトン尿
蛋白尿
細菌尿

症状で疑わしければ、血液検査・尿検査を行いましょう。持続的な高血糖、尿糖があれば、糖尿病でしょう。ケトン尿が認められれば糖尿病性ケトーシス、代謝性アシドーシスが認められれば糖尿病性ケトアシドーシスです。

診断には、持続的な高血糖と尿糖がともに確認されることが必要です。高血糖であれば、腎性尿糖でないことがわかりますし、尿糖陽性であれば、他の高血糖を引き起こす疾患と区別できます。ストレス誘発性の高血糖が起こることもありますので、注意しましょう。採血時の興奮、攻撃的な場合、血糖値が上がります。

糖尿病を疑ったら、他の疾患の有無を確認しましょう。副腎皮質機能亢進症も耐糖能の異常を起こしますし、耐糖能異常の結果として起こる細菌性膀胱炎や、膵炎があれば別の治療も必要となってきます。

治療

先ずは、症状を抑えることが必要です。高血糖と尿糖の抑制です。治療方法は、インスリンの投与です。

高血糖の重症度や持続期間は、併発症との関連があります。インスリン、食事、運動に加えて、インスリン抵抗性を引き起こす疾患の予防と治療、インスリン抵抗性を引き起こす薬剤の投与を中止することで、血糖値をコントロールします。

糖尿病の併発疾患

好発疾患まれな疾患
医原性低血糖
持続性の多飲・多尿、体重減少
白内障・ブドウ膜炎(犬)
細菌性膀胱炎
慢性膵炎
ケトーシス・ケトアシドーシス
肝リピドーシス
末梢神経障害(猫)
全身性高血圧(犬)
末梢神経傷害(犬)
糸球体腎炎
網膜症
膵外分泌不全症
胃の運動不全
腸管運動の低下と下痢
表在性壊死性皮膚炎(犬)


治療にあたっては、重大かつ致命的な副作用である低血糖にならないよう、十分に注意しましょう。インスリンを過度に投与すると、低血糖を起こしやすくなります。

インスリン製剤
犬や猫に使用するインスリン製剤には、中間型インスリン(NPH;neutral protamine hagedorn)や長時間型インスリンがあります。犬で第1選択で用いるのは、中間型インスリン(NPH、レンテインスリン;商品名ノボリンNなど)です。小型犬や猫では、希釈して用いることもありますが、効きがわるくなることもあります。その場合は、原液を用いてください。特定のpH条件下で作用する製剤は、希釈してはいけません。

インスリン抗体の産生を防ぐために、ヒト組み換えインスリンもしくはブタ由来のインスリンを用います。投与開始量は、0.25U/kgが適切です。糖尿病の犬での投与開始時は、1日2回の投与が必要になります。それによって血糖値のコントロールが容易になって、低血糖やソモギー反応が予防できます。

食事療法
糖尿病の犬は、多くは肥満で、血糖コントロールを改善する上で、肥満解消と食事に含まれる食物繊維の量を増やすことは効果的です。肥満は、インスリンの抵抗性を引き起こしますし、インスリン投与に対する反応がばらつく要因にもなります。減量すると、インスリン抵抗性は改善されます。減量には、運動によるカロリー消費の増加と食事による摂取カロリーの制限を組み合わせることが必要ですが、特に必要なのは、食事管理です。

食事の食物繊維量を増加させることは、肥満治療や高血糖の改善に役立ちます。粘稠性の高いゲルを形成する食物繊維の性質が、消化管からのブドウ糖吸収を遅延させます。可溶性繊維のほうが、より粘稠度が高くて、ブドウ糖の吸収を遅らせるようです。通常のフードに含まれる食物繊維は、乾燥重量で2%未満ですが、糖尿病の血糖コントロールをするには、不溶性繊維のみで12%以上、可溶性繊維と不溶性繊維を合わせて8%以上を含んでいるフードが効果的です。

高繊維食による弊害よりも、糖尿病を改善する方が犬や猫に対してはメリットが大きく、肥満の犬・猫には、高繊維食を与えることが望ましいでしょう。不溶性繊維を増量することで起こる問題は、排便回数の増加、便秘や排便困難、食事変更時の低血糖、嗜好性が落ちて食事を食べないこと、が挙げられます。食べないのは、減量にもつながることと、お腹が減れば必ず食べますので、気にする必要はありません。可哀想だからと、別のものを与えて肥満を解消させないのは、病気の治療につながらず、犬や猫の寿命を縮めます。

可能性繊維を増量すると、軟便や水様便、腸管ガスの増加、食事変更時の低血糖、嗜好性が落ちて食事を食べないこと、があります。便の問題については、可溶性繊維と不溶性繊維のバランスをうまく調節して、食事を混ぜて与えてやるといいでしょう。嗜好性の問題は、食事を徐々に切り替えることで改善できることもあります。しばらくして食べなくなるのは、飽きていると考えて結構です。

重度に削痩している犬には、高カロリー・低繊維の維持食で血糖コントロールを行います。まずは、体重を正常に戻すことが必要です。それまで、高繊維食を与えてはいけません。

運動
運動でも、ある程度の体重管理と、肥満によるインスリン抵抗性を低下させることができます。運動で、インスリン注射部位の血流やリンパ流量が増加して、インスリンの吸収が増加、骨格筋への血流が増して、骨格筋へのインスリン供給も増加して、骨格筋の糖輸送体が活性化されて、血糖降下作用が促されます。

日課として、毎日、同じ時間に散歩するように努めましょう。インスリンを投与しての激しい運動や急激な運動は、重度の低血糖を引き起こす恐れがありますので、避けましょう。

併発疾患の診断と治療
併発疾患やインスリン抵抗性薬剤は、末梢組織のインスリン感受性を阻害して、インスリン抵抗性と糖尿病のコントロール不良につながります。インスリン代謝の変化、細胞表面のインスリン受容体現象や結合親和性の低下、インスリン受容体からのシグナル伝達の阻害が原因となって、インスリン抵抗性が引き起こされます。

インスリン抵抗性を起こす原因は、診断時に明らかなこともあって、肥満や薬剤性(ステロイドなど)なら明確です。原因がわからない時は、詳しく検査して突き止めましょう。一般的に、炎症性疾患、感染症、内分泌疾患、腫瘍性疾患など、どのような併発症もインスリン抵抗性を引き起こして、インスリン療法の効果を妨げつ可能性があります。ですので、併発症を見つけて治療することは、犬の糖尿病治療に重要です。

肥満程度ならインスリンの投与量を増加させれば、インスリン抵抗性は改善しますが、副腎皮質機能亢進症のように重度のインスリン抵抗性を引き起こすと、インスリンの投与量に関わらず、持続的で著しい高血糖が起こってしまいます。

インスリン投与量の決定方法
インスリン療法を開始するにあたっては、検査入院をしてもらいましょう。インスリンを投与して、投与前、投与3時間後、6時間後、9時間後の血糖値を測定します。主な目的は、低血糖を起こすような異常にインスリン感受性の高い犬でないことを確認することです。必ずしも、血糖をコントロールできるインスリン投与量を決める必要はありません。高血糖が維持されていても、最初の1週間は、初期用量の変更はしません。犬がインスリンの注射や食事の変更に慣れること、飼い主にインスリンの注射方法を教えること、飼い主にもインスリン療法に慣れてもらうことが必要です。

その後、しばらくは週に1度の来院をしてもらい、症状の消失、家庭での犬の状態、減量中でなければ体重が安定していること、血糖値が100~250mg/dLの日内変動を保っていること、を確認できれば、血糖コントロールがされていると判断していいと思います。インスリンの投与量、種類、投与回数が定まるまでに、約1ヶ月はかかることを飼い主に伝えておきましょう。

毎回の診察で、犬の飲水量と尿量、自宅での様子・元気加減、体重の変動を記録して、インスリン投与8~12時間後までの血糖曲線を作成します。結果によって、必要に応じて、インスリンの投与量の調節・変更を行って、翌週までの経過をみてもらいます。血糖値のコントロールが得られるまで、インスリンの投与量は、1~5Uずつ、徐々に増量していきます。徐々に増量しないと、低血糖やソモギー反応が出てしまいます。

多くは、1.0U/kgか、それ以下の1日2回投与で血糖値はコントロール可能です。1回あたりのインスリン投与量が、1.5U/kgを超えても十分に血糖値が低下しないなら、原因を明確にしましょう。低血糖がみたれたら、インスリンの投与量を減量して、微調整を行っていきましょう。

日によってインスリンの吸収率は変化しますし、食事の量・カロリー摂取、運動量の変化、ストレス、炎症、感染などの因子が血糖に影響を与えるかも知れません。それでも治療開始時は、インスリン投与量の変更は、週に1度、獣医師の指示でのみ、行うようにします。初期の投与量が決定して、毎日のインスリン投与に飼い主が慣れたら、犬の健康状態を見ながら、飼い主による決められた範囲内での微調整は許可してもいいでしょう。

経過の観察

インスリン療法による治療の目標点は、糖尿病の症状をなくして、糖尿病の合併症を予防することです。よくある合併症は、白内障による視力障害、体重減少、低血糖、ケトーシスの再発、多飲・多尿です。腎症、血管障害、冠動脈疾患は、人でよくみられる致命的な合併症ですが、犬ではまず起こりません。これらの合併症は、発現するまでに数十年掛かるので、その前に犬の寿命が来る、ということです。つまり、犬では血糖値を正常値に近づける必要はなくて、100~250mg/dLの範囲内にあれば、症状はなく、飼い主も安心します。

治療の経過において、飼い主の主観的な意見が最も重要で、治療に満足しているコメント、体重が安定しいること、血糖値がコントロールされていること、が確認できれば、適切な治療が行われていると考えられます。症状の発現、削痩、被毛粗剛、体重が減少していると治療は上手くいってないということですので、インスリンの投与量の変更やさらなる検査を考慮しましょう。

血清フルクトサミン濃度を測定することが、ストレスなどに影響されることなく血糖値を評価できるのですが、測定してくれる検査機関が少ないので、臨床現場では現実的でありません。

単回血糖値測定
単回の血糖値の測定は、低血糖が発見された場合のみ、意味があります。インスリンが過剰に投与されていることを示すので、インスリン投与量を減量しましょう。

尿検査によるモニタリング
尿中の糖やケトン体を検査しておくことは、ケトーシスの再発を早期発見できたり、低血糖が再発する犬では持続的な尿糖陰性を確認することが役に立ちます。昼夜を通じて尿糖陽性が持続すれば、糖尿病のコントロール不良です。

血糖曲線
インスリン投与量の変更をするときには、血糖曲線を作成しましょう。ストレスをかけず、興奮しないように、経時的な採血を行って、血糖値をプロットしていきます。経過が良好であっても、定期的に作成する価値はあります。飼い主が普段、インスリンを投与する時間に投与をして、いつもの食事の時間に食事を給与して、1日を通して、1~2時間毎に採血を行って血糖値を測定します。普段の生活リズムと同じように行うことが重要です。可能であれば、飼い主の注射の手技も確認しておきましょう。

1日を通して血糖値を測定することで、インスリンの効果の有無、血糖値の最低値、インスリンの効果が最大となる時間(Tmax)、インスリンが効果を示している時間(AUC)、血糖値の日内変動などの情報が取得できます。特に、血糖値の最低値とインスリンを投与してから血糖値が最低値になるまでの時間を知っておくことは重要です。もし、血糖値が下がり続けるなら、夕食を与えた後、血糖曲線の作成を継続しましょう。インスリンの作用時間が長いのかも知れません。

採血のストレスや興奮があるので、血糖曲線の結果には一貫性が見られないこともあります。なので、定期的に行うことは有用です。それと、血糖のコントロールがうまくいっていない、と疑われたら、血糖曲線を作成しましょう。その判断は、飼い主の自宅での観察結果に基づいて行われるのが通常です。血糖曲線を作成する目的は、糖尿病の犬のインスリンの作用を確認することと、血糖コントロールが不良である原因を見つけること、です。病院で犬が興奮する場合、もし可能であれば、人用の検査キットを用いて、自宅で測定しても構いません。

理想的には、血糖値を100~250mg/dLに保つことです。血糖値の最低値が150mg/dL以上であれば、インスリンを増量して、80mg/dL以下なら、インスリンを減量します。血糖の最低値が80~150mg/dLなら、インスリンの作用時間(Tmax)をみます。Tmaxが8時間以下なら、長時間作用型のインスリンを投与するか、短時間作用型インスリンを1日3回投与にして再評価しましょう。Tmaxが14時間以上だと、インスリンの作用時間が長すぎます。短時間作用型を1日2回投与にするか、現在投与中のインスリンを1日1回投与に減らして再評価してみましょう。

周術期
緊急時を除いて、糖尿病の犬では、症状が安定して、インスリンによる血糖コントロールができるまで手術を延期します。安定すれば、手術の危険性が、健常時より高まるということはありません。注意点は、絶食による影響と、麻酔や手術のストレスが血糖上昇ホルモンの分泌を促して、ケトアシドーシスに陥りやすくなることです。これらを考慮して、インスリンの投与量を調節したり、必要ならブドウ糖液を点滴静注しましょう。

目安は、手術当日の朝の血糖値が、100mg/dL以下なら、インスリンの投与は行わず、5%ブドウ糖液に点滴を開始します。100~200mg/dLであれば、普段の1/4量のインスリンを投与して、ブドウ糖液の点滴を始めます。200mg/dL以上なら、普段の1/2量のインスリンを投与して、血糖値が150mg/dLまで下がったら、ブドウ糖の点滴を行います。術中は、30~60分ごとに血糖値を測定して、血糖値は150~250mg/dLに保ちます。

手術翌日以降は、普段通りのインスリン投与と食事を与えましょう。食事ができないなら、ブドウ糖を点滴しながらインスリンを投与して、血糖値をモニタリングしましょう。摂食可能になったら、普段通りの投与に切り替えます。

インスリン療法の問題点

 低血糖

インスリンを投与していると、副作用で低血糖が起こりやすいので、要注意です。インスリン投与量を急に増やしたり、1日2回の投薬でインスリンの作用が大きく重複してしまったり、食欲不振、激しい運動や、インスリン抵抗性が何らかの理由で急に改善したときなどに起こることがあります。体内では、グルカゴン、エピネフリン、コルチゾル、成長ホルモンの分泌などが起こって低血糖を拮抗調節する作用が働くので、改善する前に、重度の低血糖が発現することがあります。

症状の発現と重症度は、血糖値の低下速度と程度によりますが、自宅で低血糖を認めることは少なくて、定期的な検査でみつかることがほとんどです。低血糖が認められたら、血糖値が上昇して尿糖が認められるようになるまで、インスリンの投与は中止します。症状改善後にインスリンの再投与を行いますが、投与量は25~50%程度減量して、血糖値の反応を見てみましょう。

低血糖の発症以後、尿糖がみられない場合は、インスリン非依存性状態に回復したか、低血糖に対する拮抗調節障害です。

 症状の再発

インスリンを投与していても、糖尿病症状が再発したり持続したりすることがあります。原因には、投与が確実に行われていない可能性や、インスリンへの反応性、用量、投与間隔の問題、炎症・感染・腫瘍・他の内分泌疾患などによるインスリン抵抗性の増加などが考えられます。

注射方法とインスリン活性
生理活性のあるインスリンを、適切な量を投与しておかないと、症状の再発が起こり得ます。インスリンの生理活性が、期限切れ、加熱、凍結、攪拌による失活で低下していることが原因だったり、インスリンを希釈したために活性が低下している場合、投与量の間違い、投与漏れなど、飼い主の投与手技が問題の場合もあります。

治療計画
インスリンの過小投与、過剰投与によるソモギー反応、使用するインスリンの作用時間が短いこと、1日1回の投与になっているかも知れません。獣医さんは、しっかりと治療計画を見直して、必要に応じて変更して、正しくインスリンの作用が得られるようにしましょう。治療過程や身体検査で、インスリン抵抗性の併発疾患が認められないなら、治療計画に問題があるかも知れません。

インスリンの希釈
インスリンを希釈して投与している場合、再発がみられるようなら、原液に変更して投与しましょう。希釈方法や投与方法、注射が確実に行われていても、インスリンの投与量が不足しているかも知れません。

過小投与
多くの犬は、インスリンの投与量は1.0U/kg以下、1日2回の投与で血糖コントロールが可能です。しかしながら、投与量が不適切であったり、インスリンを1日1回しか投与していない場合は、症状の改善がみられないことがあります。

1日2回の投与で、投与量が1.0U/kg以下の場合は、インスリンの過小投与を疑ってみます。1回の注射あたり、1~5Uを、週ごとに漸増していきます。症状の変化と血糖曲線から効果を判断します。インスリンの1回当たりの注射用量が、1.0~1.5U/kg以上で、1日2回の投与を行っているにも関わらず血糖コントロールが出来ないなら、別の原因か、ソモギー反応を考慮する必要があります。

過剰投与とソモギー反応
ソモギー反応は、過剰なインスリンによる低血糖に対して起こる高血糖をもたらす反応のことで、正常な生理反応です。血糖値が80mg/dL以下になるか、急激な血糖値の低下で、肝臓の糖新生が刺激されて、エピネフリンやグルカゴンなどの血糖上昇ホルモンの分泌が亢進して、血糖が上昇して低血糖状態が抑制された後、12時間以内に著しい高血糖になります。

低血糖の後の、著しい高血糖は、糖尿病犬がインスリンを十分に分泌できないので、血糖値を抑えることができないためです。翌朝、インスリン投与前には400mg/dL以上の数値を示している場合もあります。尿糖は、1~2mg/dLとなります。インスリンの作用が短いことに気付いていない状態や、朝の尿糖濃度を基準にしてしまってインスリン投与量を調整してしまうと、ソモギー反応の原因となります。

低血糖状態は軽微なことが多いので、飼い主が気付くことは少ないですが、高血糖は顕著です。ソモギー反応の予測は困難ですが、一般的に、インスリン投与量が1回当たり2.2U/kgまで増えてしまった血糖コントロール不良の場合に疑いが強まります。しかし、トイ種や小型犬では、思ったよりも低用量のインスリン投与で起こることがあります。

血糖曲線を作成して、インスリン投与後の低血糖(80mg/dL以下)とそれに続く高血糖(300mg/dL以上)を認めれば、ソモギー反応であると思われます。低血糖に対する拮抗調節で血糖上昇ホルモンが分泌されて、その作用で起こるインスリン抵抗性は、24~72時間、持続することがあります。その場合、インスリンに対する抵抗性強くなるので、大きく血糖値が低下することがありません。ソモギー反応が隠されてしまうので、誤ってインスリン投与量を増加させないようにしましょう。1~2日間は血糖コントロールが良好なのに、その後の数日間は血糖コントロールができない症例は、低血糖に対する拮抗調節作用によるインスリン抵抗性の増加を疑った方がいいでしょう。

疑いがあれば、インスリン投与量を、1~5U減らしてみて、症状の変化をみましょう。悪化するようであれば、インスリンが効かない他の要因を考えますが、変化がないか、改善するなら、引き続きインスリン投与量を漸減しながら、適切な投与量をみつけます。もしくは、0.25U/kg、1日2回投与からの血糖コントロールをやり直す、という方法もあります。

作用時間
中間作用時間型のインスリンでも、症例によっては作用時間が10時間以下になることがあって、そのために高血糖が是正されず、症状が再発することがあります。血糖曲線を作り直して、薬剤を長時間作用型の製剤に変更するか、投与回数を増やすか、を判断しましょう。

逆に、作用時間が長くなっていることもあります。血糖曲線を作成して、作用時間が14時間以上であれば、より長時間作用型のインスリンを1日1回の投与に切り替えるか、短時間型のインスリンを1日2回投与するか、夜のインスリン投与量を少なくするか、などを考えていきます。作用型の異なるインスリンを組み合わせて使うことも可能です。朝と夜で投与量が変わりますので、飼い主への注意喚起が必要です。

吸収不良
多くは製剤の改良で、吸収不良はあまり起こりません。毎日の注射を同じ場所に行っていると、注射部位の皮膚が肥厚したり、皮下組織の炎症が起こって、吸収が悪くなることがあります。投与部位を、毎回、変えれば予防できます。

抗インスリン抗体
インスリンは、外来蛋白なので、繰り返し注射すると、抗インスリン抗体が産生されます。インスリンの抗原決定基の立体構造が重要であると考えられていて、内因性インスリンとの構造が異なれば異なるほど、抗インスリン抗体の産生される可能性が高まります。犬のインスリンは、ブタやヒト組み換えインスリンと類似しているので、犬にはこれらを使います。

アレルギー反応
犬や猫ではインスリンに対する過敏反応はないようですが、一応、注意しておきましょう。注射に対する痛みを訴える反応は、インスリンに対する反応ではありません。注射部位の皮下組織の浮腫や腫脹には、アレルギーが疑われますが、製剤の変更などで対応できます。全身性のインスリンアレルギー反応はありません。

併発症によるインスリン抵抗性
インスリン投与量が1.5U/kg以上なのに血糖コントロールができない場合、血糖値を300mg/dL以下に維持するために多量のインスリンが必要な場合、血糖のコントロールが不安定で、インスリン投与量が絶えず変化する症例などは、インスリン抵抗性があると思われます。

インスリンの作用を阻害する併発疾患としては、糖尿病原性の薬剤(グルココルチコイド)、重度の肥満、副腎皮質機能亢進症、発情間期、慢性膵炎、腎不全、口腔内感染症、尿路感染症、高脂血症、ウシ由来のインスリンで治療された場合の抗インスリン抗体などが挙げられます。詳細な検査を行って、原因を追究することが必要です。

合併症

愛犬が糖尿病だ、と言われると、飼い主は人の糖尿病の知識から、同じような合併症が起こると心配することがあります。しかしながら、人で起こる重度の合併症(腎症、血管障害、冠動脈疾患)は、糖尿病の発症後、10年以上かかって起こる疾患であるので、犬ではほぼ認められません。

白内障
最も頻繁に認められる糖尿病犬の慢性合併症です。糖尿病性の白内障は、ソルビトールとフルクトースが蓄積して、水晶体内部の浸透圧が変化して生じると考えられています。ソルビトールとフルクトースは親水性の物質で、水晶体内部に水分を引き込むために、水晶体線維細胞の膨化と断裂を起こして白内障が生じます。

白内障は、一旦形成が始まると不可逆的な変化であり、急速に進行します。血糖コントロールがうまくできていない症例や、血糖値の日内変動が大きい症例は、白内障の進行が急激である傾向がありそうです。

視覚障害は、水晶体を摘出すれば解決されます。手術の成績は、血糖コントロールの程度、網膜障害の有無、続発性ぶどう膜炎の有無に左右されますが、比較的視力を回復できる犬は多いようです。網膜障害は、加齢性の変化ですが、糖尿病の老犬で網膜機能が悪化していることは少ないようです。

水晶体誘発性ぶどう膜炎
胚形成時に、水晶体が被膜内に形成されて、その構造蛋白は免疫系に暴露されることはありません。そのため、結晶蛋白に対する免疫寛容が起こりません。白内障の形成と再吸収時には、水晶体蛋白が局所免疫系に暴露されて、炎症やぶどう膜炎が生じます。白内障に続発するぶどう膜炎は、白内障の手術の成功率を低下させますので、従前管理を行いましょう。

炎症を抑えて、眼球内の障害を防止します。ステロイドの点眼薬が広く用いられていますが、ときおり、点眼薬が吸収されて全身のインスリン抵抗性が引き起こされて、血糖コントロールが悪化する可能性があるので注意しましょう。非ステロイド系の消炎点眼薬でもいいかも知れません。

糖尿病性神経障害
犬では、糖尿病性の神経障害はあまりみられません。猫ではよくあります。長期間、糖尿病を患っている犬に、ときどき、起こるようです。ナックリング、歩様異常、筋萎縮、四肢の反射低下などが認められます。これらは、末梢性の多発性神経障害で、分節性脱髄と再ミエリン化、軸索変性と再生が特徴的な所見です。血糖コントロールを続けるしか、治療法としてはありません。

糖尿病性腎症
これも稀な合併症です。膜性糸球体腎症、糸球体と尿細管基底膜の肥厚、メサンギウム基質の増加、内皮下への沈着物、糸球体の線維化、糸球体硬化などが組織学的に認められます。発症の機序はわかりません。初期症状は、蛋白尿(アルブミン尿)です。糸球体の病変が進行すると、糸球体濾過能が徐々に低下して、高窒素血症、尿毒症へと病態が進んでしまいます。糸球体の重度な線維化が起こると、多尿となり、乏尿性腎不全が発生します。血糖のコントロールと、腎不全の内科的治療、全身性高血圧症の治療を行うしか治療方法はありません。

全身性高血圧
高血圧症は、比較的併発することが多い疾患です。これも長く糖尿病を患うと発症しやすくて、尿中のアルブミン/クレアチニン比の増加に関連しています。血糖コントロールとの相関はありません。収縮期圧が160mmHgを超えるようなら、高血圧症の治療を開始しましょう。

予後

併発症の有無、併発症の治療の可否、インスリンによる血糖コントロールの是非、飼い主の努力、で予後は変わってきます。ケトアシドーシス、急性膵炎、腎不全などの致命的で治療困難な併発症が、糖尿病発病初期に発現するので、その場合は、死亡率が高くなります。

診断後6ヶ月を経過した症例や、適切な看護、定期的な診察を受けられた犬は、5年以上、良好な生活を保つことができます。これは、糖尿病の発病が10歳前後であることが多いことを考えると、寿命を全うできると考えていいものでしょう。