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神経系の疾患/斜頸

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斜頸

眼振は、眼球の不随意で律動的な振動です。前庭疾患の典型的な律動性眼振では、眼球の動きは一方向への緩徐相と、反対方向への急速相が認められます。律動性眼振の方向は、急速相への方向で定義されます。振子眼振は、律動性眼振に比べて稀ですが、軽微な振動性の眼球の動きを呈します。振子眼振は、先天性の視覚経路の異常でみられます。

病変の局在

斜頸は、前庭機能障害を示しています。斜頸のみられる動物を評価する際には、前庭器官の中枢側、末梢側のどちらに病変があるのか、を局在化しなければなりません。神経学的検査を行うことで鑑別可能です。

 末梢性および中枢性前庭疾患

末梢性もしくは中枢性の前庭疾患に罹患した動物は、運動失調、協調運動失調、横転を引き起こす重度の平衡障害が認められます。斜頸で耳が地面に傾く側と病変側は一致していて、旋回する方向も病変側に向かうのが一般的です。鼻を持ち上げてやると、病変と同じ側に斜頸が認められます。嘔吐流涎などもみられます。

頭部が静止しているときに観察される眼振は、自発性眼振とか静止性眼振と言います。頭部が通常の位置ではないときにのみ発現する眼振は頭位性(姿勢性)眼振と呼んでいます。代謝性前庭疾患(中枢性・末梢性)に罹患した動物には、自発性眼振の認められない症例もありますが、それでも仰臥位なったときに頭位性眼振が認められます。

末梢性前庭疾患の動物の眼振は、常に水平性か回転性で、頭部の位置が変化しても眼振の方向は変化しません。眼振の程度は変化します。中枢性前庭疾患の眼振は、水平性、回転性、垂直性で、頭位が変化したとき眼振の方向が変化することがあります。

 末梢性前庭疾患

末梢性前庭疾患では、意識状態は正常です。正常な抵抗力、姿勢反応を示しますが、平衡障害を呈して転倒しやすい状態にあります。自発性眼振や頭位性眼振は、水平性か回転性で、水平性眼振と回転性眼振が交互に起こります。動物がさまざまな体勢に保定されたり、体位を変えたりしても、眼振の急速相の方向は一定です。内耳の受容体や内耳神経の軸索損傷は前庭機能障害を引き起こして、難聴を引き起こすことがあります。中耳と内耳の両方に影響する疾患では、顔面神経の軸索や眼球への交感神経支配が障害されていることがあって、顔面神経麻痺、ホルネル症候群、末梢性前庭疾患が併発することがあります。

 中枢性前庭疾患

中枢性前庭疾患では、疾患の初期は末梢性疾患と鑑別できないことが多いですが、時間経過や病状の進行とともに、脳幹の障害を示唆する症状が認められるようになります。上行性網様体賦活系が障害されると、意識程度が鈍化して、沈鬱化したり、行動が変化したりすることがあります。

四肢への上位運動ニューロン経路が巻き込まれた場合には、病変側と同じ側に不全麻痺や姿勢反応の欠損が生じて、異常なナックリングや跳び直り反射の消失がみられて、歩行が困難になることもあります。自発性眼振は、さまざまな方向に起こりますが、垂直性眼振頭位変換によって方向が変化する眼振は、中枢性前庭疾患を示唆するものです。一般的に、前庭症状を呈する動物の顔面神経麻痺やホルネル症候群以外の脳神経異常があるならば、中枢性(脳幹)疾患が示唆されます。小脳延髄角に発生した腫瘍や肉芽腫では、内耳神経、顔面神経、三叉神経の障害が併発するので、前庭症状を呈する症例では、三叉神経に注意して顔面や鼻の感覚を常に評価するようにしましょう。

 奇異性前庭症候群(小脳病変)

後小脳脚や小脳の片葉小節葉に影響を及ぼす病変は、前庭症状を引き起こすことがあります。この症候群では、斜頸や旋回は病変側と反対側で、眼振の急速相は病変側へ向かうので奇異性(逆説性)前庭症候群といいます。姿勢反応の異常が認められる場合は、病変側と同じ側なので、姿勢反応異常は、局在診断を行う上で、最も信頼できる所見です。測定過大歩様、体幹の動揺、頭部振戦のような他の小脳障害の徴候も認められます。

末梢性前庭疾患

末梢性前庭疾患は、中枢性前庭疾患より頻発して、一般的には予後良好です。原因の多くは、中耳や内耳の感染、ポリープや腫瘍、一過性の特発性前庭症候群です。犬では、甲状腺機能低下症に関連した多発性神経障害で認められることもあって、顔面麻痺を併発することがあります。

斜頸の原因

中枢性前庭疾患末梢性前庭疾患
外傷・出血・血管梗塞
感染症
肉芽腫性髄脳膜炎(犬)
腫瘍
チアミン欠乏症
メトロニダゾール中毒


中耳炎・内耳炎
中耳の腫瘍・猫の鼻咽頭ポリープ
外傷
先天性前庭症候群
老齢性前庭疾患(犬)
特発性前庭症候群(猫)
アミノグリコシド・化学物資による耳毒性
甲状腺機能低下症(犬)

診断では、耳鏡検査や鼓室胞を外側から触診して、対称性や疼痛の有無を確認します。耳に毒性のある薬剤や治療を中止して、炎症性疾患や代謝性疾患を体系的に評価して調べましょう。全身麻酔下での鼓室胞(中耳)のX線検査、CT検査やMRI検査なども行います。必要に応じて、鼓膜を切開して、中耳から体液を採取して、細胞学的検査や培養検査を行います。

 中耳炎・内耳炎

末梢性前庭症状の最も一般的な原因が、中耳炎や内耳炎です。末梢性前庭疾患があるなら、耳の疾患を精査しましょう。多くは外耳炎の所見も呈していて、多くは鼓膜に異常があるか、鼓膜が破裂しています。発病している耳と同じ側の顔面神経やホルネル症候群の併発が認められることがあります。

頭蓋のX線検査は、慢性の炎症性疾患、外傷、腫瘍を示唆する鼓室胞の変化を捉えることが可能です。麻酔下で、3~4方向の撮影を行います。鼓室胞や側頭骨岩様部の骨の厚みの増大、鼓室胞内の液体貯留や軟部組織密度の増加などの所見があります。麻酔をかけるのであれば、CT検査やMRI検査も行えるとより診断が正確になります。

麻酔下で培養検体を外耳道から採取して、耳鏡や小型の内視鏡で、耳道や鼓膜を注意深く評価します。中耳に液体の貯留が示唆された場合は、液体を採取して、細胞学的検査と培養検査を行いましょう。

細菌性の中耳炎・内耳炎には、抗生物質の全身投与を行います。4~6週間は継続しましょう。抗生物質は、培養検査や感受性試験の結果に基づいて選択しますが、結果が出るまでは、第一世代のセファロスポリン(セファレキシン; 20mg/kg、PO、BID)、アモキシシリン(15~25mg/kg、PO、BID)、エンロフロキサシン(5mg/kg、PO、SID)など広域性の抗生物質を用いて治療します。

内科療法で感染が改善しない場合やX線検査所見で鼓室胞に慢性的な骨変化が認められる場合は、腹側鼓室胞骨切り術を行って、その後に抗生物質治療を行います。中耳炎・内耳炎の早期発見と適切な治療を迅速に開始することが、良好な予後に繋がります。

適切に治療を行っても、顔面神経麻痺が永久的に遺残する可能性はあります。中耳炎と内耳炎をきちんと治療しないと、感染が脳幹へ拡大して、神経症状の悪化、中枢性前庭疾患を引き起こして、死亡することもありますので、注意してください。

 老齢性前庭疾患(犬)

犬の老齢性前庭疾患は、特発性の疾患で、老齢犬において急性の片側性末梢前庭疾患の最も一般的な原因です。突然発症する水平性や回転性眼振を伴う斜頸、平衡障害、運動失調が特徴です。固有受容感覚や姿勢反応は正常で、評価が困難なこともあります。顔面神経麻痺やホルネル症候群は併発しませんし、他の神経学的な異常もありません。

老齢犬で、他の神経学的異常を伴わずに甚急性に発症した片側性の末梢前庭疾患なら、この疾患を疑います。診断は、症状と神経学的検査所見、末梢性前庭疾患を引き起こす他の要因を排除した上で、時間経過とともに軽減する症状を考慮して行います。自発性眼振は、数日以内に回復して、代わりに一時的な頭位眼振が同じ方向に認められます。運動失調は、斜頸と同様に1~2週間で徐々に改善します。

予後は良好で、治療の必要はありません。嘔吐が重度の場合、H1ヒスタミン作動薬(ジフェンヒドラミン; 2~4mg/kg)を2~3日間投与すると改善しますが、前庭疾患があるので、クロルプロマジン(M1コリン作動性受容体拮抗薬、1~2mg/kg、PO、BID)やメクリジン(1~2mg/kg、PO、SID)を用いることもあります。再発はまれです。

 特発性前庭症候群(猫)

猫の特発性前庭症候群は、急性で非進行性の疾患で、犬の特発性老齢性前庭疾患と似ていますが、どの年齢の猫でも発症します。原因はよくわかりません。重度の平衡障害、見当識障害、転倒・横転、斜頸や自発性眼振などの末梢性前庭障害が、甚急性に発症しますが、固有受容感覚や他の脳神経に異常を伴わないことが特徴です。診断には、症状の発現に対して、他の原因疾患が認められないことで行います。鼓室胞が側頭骨岩様部のX線検査所見も正常で、脳脊髄液検査も正常です。

通常、2~3日で自然に改善して、2~3週間で正常に回復します。

 腫瘍

中耳や内耳を巻き込む腫瘍は、末梢の前庭器官を損傷して、末梢性前庭障害を引き起こすことがあります。腫瘍は、周辺の軟部組織、骨性耳道から発生します。外耳道内に発生した腫瘍が鼓膜を超えて中耳や内耳に浸潤することもあります。まれに内耳神経の腫瘍が末梢性前庭障害を引き起こすこともあります。

腫瘍が中耳や内耳に存在すると、顔面神経麻痺やホルネル症候群が末梢性前庭症状に併発することがよくあります。鼓室胞内の軟部組織密度や骨融解像といったX線検査所見から腫瘍が示唆されます。CT検査やMRI検査は、詳細な情報を得ることができて、頭蓋冠への浸潤の有無を確認することも可能です。

この部位への腫瘍は、浸潤性で、完全な外科的切除は不可能です。放射性療法や化学療法が効果的なことがあります。

 鼻咽頭ポリープ

鼻咽頭の炎症性ポリープは、子猫や若い成猫の耳管の底部に発生して、鼻咽頭、鼻、中耳に向かって緩徐に成長します。猫は、このポリープで呼吸障害が起こって、喘鳴呼吸や鼻汁が認められますが、中耳や内耳にポリープが伸展すると、末梢性前庭障害が発現して、ホルネル症候群や顔面神経麻痺が認められます。鼓膜の膨隆や外耳道までポリープが伸展することもあります。

若齢猫で、末梢性前庭疾患と鼻咽頭の障害が併発しているなら、この疾患を疑います。頭蓋のX線検査では、鼓室胞内の軟部組織や骨の肥厚が明らかになりますが、骨融解はありません。外科的な切除では、腹側鼓室胞骨切り手術を行います。異常な組織が全て切除されれば、予後良好です。

 外傷

中耳や外耳への外傷でも末梢性前庭症状が誘発されて、ホルネル症候群や顔面神経麻痺も併発することがよくあります。顔面の擦傷、あざ、骨折が明らかになることがあります。耳鏡検査で、外耳道の出血が明らかになることもありますが、詳しい病状は、X線検査やCT検査、MRI検査が有用です。

頭部の外傷によって起こる感染症に対する支持療法を行いましょう。一般的に、前庭症状は時間の経過とともに改善しますが、ホルネル症候群や顔面神経麻痺は永久的に遺残することがあります。

 先天性前庭症候群

3ヶ月齢未満の純血種の犬や猫で、末梢性の前庭症状を呈する場合は、先天性疾患である可能性が高くなります。通常は、症状は、出生時か出生後直ぐに認められるようになります。初期は、重度の斜頸、旋回、運動失調が認められますが、時間の経過とともに代償性の機能が働いて、多くは日常生活を送ることができるまで回復します。

X線検査や脳脊髄液の検査を行っても正常で、診断は症状から判断するしかありません。難聴が残りやすい犬種があります。ドーベルマンピンシャー、秋田犬、シャム猫などがそうです。

 耳への薬物毒性

アミノグリコシド系抗生物質は、まれに前庭系や聴覚系に変性を引き起こすことがあります。これは、アミノグリコシドの副作用で、高用量の長期投与が影響します。特に、腎機能障害のある動物で発現することが多くあります。前庭系の変性によって、片側性もしくは両側性の末梢性前庭症状や聴覚障害を引き起こします。投薬を中止すれば前庭症状は消失しますが、難聴が残ってしまうことがあります。

他の薬剤や化学物質が内耳に毒性を可能性もあります。鼓膜が破れている状態では、クロルヘキシジンの耳洗浄液で耳内洗浄は禁忌です。耳内に薬剤を注入した直後に前庭症状が発現したら、ただちにその薬剤を除去するために、多量の生理食塩水で耳道内を洗浄します。前庭症状は、すぐに改善しますが、難聴が残る場合があります。

 甲状腺機能低下症

成犬において、甲状腺機能低下症に関連した前庭障害が報告されています。顔面神経麻痺が併発することがあります。体重増加、被毛粗剛、元気消退などの甲状腺機能低下症と一致する症状がみられるとわかりやすいですが、軽度の貧血や高コレステロール血症がみられる程度のときもあります。正確には、T4とfT4濃度、TSH濃度を測定して確定診断してください。

両側性末梢性前庭疾患

両側性末梢性前庭疾患では、斜頸は認められません。開脚姿勢や運動失調を呈して、頭部を左右に大きく振って、身をかがめながら歩行します。意識的固有受容感覚(ナックリング)は正常ですが、明瞭な平衡感覚の障害が認められて、左右どちら側にも横転、旋回します。自発性眼振や頭位眼振はないのですが、正常な前庭性眼球運動が欠如しています。内耳神経の蝸牛部にも障害を受けていたら、聴覚障害もあります。

骨盤を保持して持ち上げて、動物を地面の方向へ頭が下がるように保持すると、正常動物は頭を反り返したり、体重負荷のために床へ前肢を伸展させますが、この疾患では、肋骨側へ頭や頸を屈曲させます。

特発性または先天性前庭症候群、外傷、耳毒性、内耳の感染症、甲状腺機能低下症との鑑別を行うことが必要です。

中枢性前庭疾患

中枢性前庭疾患は一般的ではありませんが、多くは予後不良です。脳幹を障害する炎症性、腫瘍性、血管性、外傷性疾患などで起こります。とくに、肉芽腫性髄膜脳炎、ダニ紅斑熱、FIPで、脳のこの領域が障害を受けることが多くあります。小脳の梗塞や腫瘍では、奇異性前庭症状を呈します。

中枢性前庭症状を示す症例は、頭蓋内疾患に対する検査を行います。他の器官に疾患がないかも確認します。腫瘍性疾患や炎症性疾患の有無も調べて、最終的には、CT検査やMRI検査を考慮すべきでしょう。

 メトロニダゾール中毒

犬で、メトロニダゾール投与後に、副作用として中枢性前庭症状を発症する場合があります。60mg/kg/日以上の高用量を数日間、経口投与されると発現することがあります。運動失調や垂直性眼振が認められて、運動失調は非常に重篤です。てんかん発作や斜頸のみられることもあります。

治療は、投薬の中止と支持療法です。予後は良好ですが、完全な回復には時間が掛かります。ジアゼパム(0.5mg/kg)を単回静脈内投与して、その後3日間、経口投与を行うと回復が早まります。

急性前庭発作

犬でときおり、甚急性に発症して、数分間持続する平衡障害、眼振、重篤な運動失調がみられます。斜頸がみられることもあります。多くは神経学的に末梢性疾患と判断されて、姿勢反応の異常や脳神経の異常は認められないのですが、垂直性眼振を呈する犬もいます。

数分以内には完全に回復して、その後、神経症状が残ることもありません。脳梗塞の一過性虚血性発作として繰り返す症例もありますし、てんかん発作に進行する前駆症状である場合もあります。

急性前庭発作の犬は、身体検査や神経学的検査を注意深く行って、炎症性疾患、腫瘍性疾患、凝固系の異常、高血圧を入念に検査しておきましょう。CT検査やMRI検査が必要となることもあります。